手前板前について

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手前板前 プロフィール

執筆&監修人

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魚山人

魚山人

手前板前

和食板前・すし職人
東京都

日本料理店で修業。寿司店にも勤務し鮨を習得。20代で都内に料理屋を開業。2006頃からブログを始める。10年ほどブログ更新を続けたが、HP開設後はネットから距離をおいている。

出入り業者だった旬爺は全面的に信頼できる数十年来の友人であり、サイトの管理をすべて委ねている。

編集&管理人

profile_syujii
旬爺

ミカン栽培・農業見習い

鹿児島県奄美大島

東京都の飲食店専門卸売り会社で数十年勤務後、奄美に移住するため退社。
奄美大島で地元女性と再婚し農業見習いを始める。
ミカンに魅せられ津の輝をメインに栽培チャレンジ中。

板前HPと板前ブログについて

HP記事は、ほぼ全編ブログ記事を再構成して転載したものです。
『てまえ、板前、男前』のタイトルで2006年8月からBlog開始、HP開設は2009年。

サイトポリシー

両サイト内の記事は教科書的な意図で作成したものではありません。魚の料理などでお困りの方に、些少でもお役に立てればと綴ってきた板前雑記でしかありません。初歩的な「やり方」を説明したものであり、いわゆるレシピサイトでもありません。ご承知下さいませ。

文章に記憶違いや誤謬も有り得ます。注意はしていますが検証しきれるものでは御座いません。従いまして内容に学術的な正確さを保証するものではございません。正確な知識を必要とされる方はそれなりの手順を踏まれる様にして下さい。(専門書・百科事典等で裏を取るなど)

記事内に書かれた事柄や人物についても同じで、正確さをお約束するものではございません。サイト内の全記事は、あくまでも参考程度にお考え下さり、個人が書いた読み物として楽しんで頂きます様にお願い致します。

免責事項

当サイトからのリンクやバナーなどで移動したサイトで提供される情報、サービス等について一切の責任を負いません。

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(魚山人サイトの中では、店も公開していません)
ご了承ください。

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サイト内容に関して

土台・通過点

どの様な物事にも「初」はつきものです。
庖丁を持って料理をする事に興味を感じ、やがてより高い次元へと進んで行かれる方がおられることでしょう。初体験から技術を習得する過程にかけて、人は触発される色々なものに関心を持つものです。

もしこのサイトがそうした方の「何かのきっかけ」の端くれにでもなりましたら、非常に嬉しく思います。やがて「通過」して、そして「去っていく」のが、全ての健全な物事のありようだと私は考えております。

「踏まれていく土台・通過点」サイトってなぁそういうもんだと思うんですよ。

高度な技術は、インターネットなどで習得できるものではありません。「頭で憶えても無駄で、体に覚えさせるしかない」からです。実践で身体に叩き込む以外の方法は無いのです。

すべては自力で経験を重ね知識を広げてこそ身に付くものなのです。

そんな事を日々戦いながら知って行く旅。そんな旅にむかいここから去っていくあなたが、より高度なレベルへと踏み込んで行く後姿を想像した時に、私は大自然の雑草のように「踏まれていくだけの存在」の喜びを感じるのだと思います。

あなたが造った料理が願わくばあなたの血肉のみならず、子孫達の身体を健やかに育まれんことを祈って
2009年 魚山人

料理の意味

料理は科学です。
文字から明らかな様に、食用素材を処理する事が料理。あらゆる事象は数学と物理学で説明可能で、料理もまた例外ではありません。 つまり公式で定義できうる「科学」なのです。

ならば料理は科学の分野になるのでしょうか?
答えは『1流の料理人は化学者ではない』です。

「理にかなった相応の措置を取る」、「うまい具合に収める」、「合理的」
【理】はそういう意味で使用される言葉です。

この「理」の意味がポイントだと思います。
「理にかなった」とは、「理詰め・杓子定規」という見方と同時に、「理屈に捉われない」という解釈も可能だと思うんですよ。

私が料理を生涯の職業にしようと決心したきっかけを紹介します。 若い時に好きだった女性から言われた言葉がありましてね、

「世は嫌な事ばかり。でも食べてる時だけは幸せ」

つまり「料理人は人様を幸せにできる仕事なのだ」そう思ったのです。

こういう感情は「理にかなっていない」と申せましょう。
公式もございません。
ですが、これがあって初めて「美味い料理」が作れるのです。

「誰かを喜ばそう、幸せにしよう」
この気持を説明できる科学はありません。

この感情が強く、生涯失わない人が1流の料理人なのです。

自分は「1流」ではありません。
板前としても半人前のぺーペーで、見習いと変わらず。
でも目指す気持は維持し続けていたい。

誰かに僅かばかりでも幸せを贈る。その感情を失いたくありません。
それが料理人だと思うからです。

魚山人

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