鯣烏賊沖漬けのルイベ
麗らかな陽気に誘われてというわけじゃありませんが、ちょっと昭和通り辺りをお散歩してみました。「麗らかな陽気」どころじゃありませんな、こりゃ。なんて暑さなんだか。明日にはまた気温が下がるっていうし、変な天気ですなぁ。風邪などおめしにならぬように気をつけて下さい。
「しっかしまぁ、お江戸は一歩路地に入ると寺だらけだなぁ。不思議なくらい多い。なんでだろう?」などと、ボンクラみたいに今更変な感想を抱きつつ、「ああ暑い、腹も減ったし、ちょっと喉も渇いた」ってんで、折りよく最近評判の良い和食の店に近いし、寄ってみる事に致しました。
この店の親方には昔ちょっとした縁がありまして、互いに顔見知りです。知らぬ顔をきめこむつもりでしたが、古参の板前に見つかってしまい、親父が出てきました。
「いやぁ~ご無沙汰しております、どうしたんですか今日は」
「いや近くまで来たもんだから、お邪魔しますよ」
「何か召し上がりますか?」
「看板商品を食いたいが、生憎最近胃が小さくてね、ぬる燗と肴を」
「ちょっと待って下さい。店の商品じゃないんですが、北海道から真イカの沖漬けが来てるんですよ。ルイベなんで、ぬる燗にはいいでしょう。そのあと松花堂でも出しましょう」
「そいつはいい。ありがとう」
スルメイカの旬はメインが夏場ですが、近海のスルメイカには、夏に最盛を迎える群の他に二つの群がおります。つまりするめ烏賊の旬は夏だけじゃないって事です。その前に春の「バライカ」もいれば、初夏の「ムギイカ」もいる。北海道では太平洋側と日本海側でも時期が微妙に違う。
沖漬けはホタルイカの沖漬けが有名ですが、もちろんスルメイカにもあります。生きているイカを、味醂醤油にぶち込んで醤油を内臓まで吸い込ませる漁師料理ですな。生きてるからキモ(ゴロ)まで醤油を吸い込み、味がワタに浸透します。
この「沖漬け」、ホタルイカの場合、小さいので姿のままで食べれますが、スルメですと丸かじりってわけにはいきません(イカ釣り船の上では可能ですが)
甲羅、クチバシ、目玉を除き、適度な多さにカットする必要があります。しかしカットする際も、食べる時もワタ付きでは具合が悪い。
そこで凍らせて、カットする。つまり「ルイベ」です。
うまい具合にイカは冷凍しても味がまったく変化しない食材です。
こんな感じになります。
スルメ烏賊沖漬けルイベ
一見カチカチに見えましょうがそうではありません。
つまんでいますと、すぐに良い按配に融けます。
ここがルイベのルイベたる所以です。
ルイベはアイヌ語で「溶ける食べ物」の意だからです。
氷下魚/コマイ(寒海/カンカイ)を、凍らせたり干したりしていたのが始りらしく、今では鮭とか八角などのルイベが一般的。シャーベット状の口あたりを楽しむ以外に、生鮭や生イカのアニサキス対策にもなりますね。
昼の酒は「コリ」をほぐしてくれます。
笑顔の裏には虚無しかなく、これだけは確かだと思っていたことが実はオカルトだったりする。白鳥そのものだった子が育てばアヒルになっちまう。テレビは寝言ばかりを垂れ流す。
つかみどころの無いこの世の中で、志のある杜氏が造った酒だけは嘘をつきません。喉から腹にすーっと広がる酒米の優しい豊潤。
透明な液体に、棘々しい浮世に絡めとられない雛達の成長を願い、心清い人間がそのまま生きて行ける世界を夢想したり致します。
春の匂いが薫る点心を頂戴し、濃茶を飲みながら誰某の噂話などをしつつ、互いにもう少し頑張ろうと挨拶を交わし店を出ました。