板前エッセイ

てまえ、板前、男前

板前仕事の心得
鍛錬白紙1号柳刃包丁:板前仕事の心得

五年堪える力

「今年は年の瀬も正月もないだろう?」
そう電話で呟きました。

電話の相手は、以前このブログに書いたことのある若い衆。農家を継ぐために故郷の東北へ里帰りしたウチの板前です。

時々電話して様子を尋ねると、いつも決まり文句のように、この返事。今回も同じでした。

「いえ。俺はまだ幸せな方なんで大丈夫です」

田の大半は海水を吸ってしまい、数千万の損害を出した男がです。

あらゆる方面から支援はあるものの、はっきり言って再起には新たなる借入が発生するでしょう。千万単為の資金を投じないと元に戻らないはずです。

彼が、「俺はまだ・・・・」と言う言葉の裏。
言外の意味は分かっています。

「自分はまだ若い」
「それに手に職がある」
「おやっさんが河豚の資格も取らしてくれた」
「寿司も握れるようにしてくれた」
「だから困れば東京に戻り月額にして35万くらいは稼げる」

「けど周りには50歳、60歳で放り出されて困ってる人だらけ」
「ここには日給1万円になる仕事はほとんどない」

「もともと魚介に関係のある仕事してた人が多い」
「そんな人の再就職は厳しすぎる」
「やっとありついた臨時の片付け仕事も来年春には終わる」
「どうやって生きればいいのか分からない人達が本当に大勢いる」


漁師とか海産物加工のパートという仕事は基本給が低い。なので失業手当も低くなり、それだけでは生活できません。

年金生活者でも似たようなもんでしょう。仮設住宅の期限が切れたら生活が成り立つのか分からない。

収入の半分が家賃に消えたら、どうメシを食うのか。

最後は生活保護しかありません。
しかし東北の人は生真面目で働き者が多い。ギリギリになっても生活保護にだけは頼らないという人が多いんです。

ニュースはあまり報じないが、かなりの自殺者が出てると聞きます。震災の前から元々東北地方はその割合が高かった。性質が真面目だからだと、おいらは思います。

60歳、70歳になって家も職も失い、どんな再起があるのか。保険等大きなお金が入らない人達は、もう一度ローンが組めるのか。

再度ローンを組んでくれる金融機関などあるわけがない。人生をあきらめる人の気持ちは痛いほどわかりますよ。

「以前の暮らしに戻りたい」

だが廃墟と化した町とインフラは急には復元しません。


「元に戻る頃には自分は何歳になってるのか」
「そもそも仮設を追い出される時期に自分の仕事はあるのか」

何を考えても【否】しか出てこない。絶望が生きる気力を削いでしまう。

「俺はまだ・・」の言葉の背後にはそんな風景が広がっているのです。

彼がおいらの店に来て半年目。後輩が切り盛りするクソ忙しい寿司店に行かせました。

「腱鞘炎になるくらい寿司を握ってこい」
「はい、分かりました。おやっさん」

1年、その店に預けました。それがおいらのやり方です。親方が自分にやってくれた方法をそのまま継いでます。

できるだけ「キツイ」店に行かせる。そのために「つきあい」は大事にしています。

潰れる奴もいるが潰れない奴もいる。

潰れなかった奴はおいらが考える「板前」になります。板前モドキではなく、【板前】です。

おいらの下で五年辛抱できるかどうか。できた奴は「一人前」だと、そう思っております。

一年目は表面しか見えない
二年目は馴れが出る
三年目に馴れが間違いだったと分かる
四年目に心構えが出来る
五年目にどうにか【芽】が生えてくる

復興もね、同じだと思うんですよ。最初の1~3年が辛い。誰も助けてくれないし、頑張ってるのに報われない。

日毎夜毎「絶望」みたいな壁に苦しみます。だって何を頑張っても「見える成果」が無ですからね。叱られて、縮こまり、心が明るくなる事など何もない。

でもね、だからと言って「終わり」ではないんですよ。死ぬ必要なんぞ何処にもありゃしません。

嘘だと思うなら「五年」待って下さい。

急がなくてもいいんです。「五年だけ」待って、辛抱して下さい。おいらはクソ政治家ではありません。約束します。
五年辛抱すれば、出来れば、必ず【礎】ができます

都会から「ええカッコシイ」の計算機みたいな連中が復興計画なんぞを持ち込むでしょうし、バカバブル屋が復興景気などを持ち込むでしょう。

でもね、おいら達が待ってるのはそんなモンじゃありません。「人のつながり」で作った三陸の魚介です。

だからバラバラにならないで欲しい。地域の「絆」を切らないでほしい。人間の手が入ってない「工業製品」など食いたくはないんですよ。

何年かかろうが問題ではありません。東北のおじちゃん、おばちゃんが作った三陸の海産物。それが食えるまで待ってますよ、日本人は。

日本人は「馬鹿」です。今年は流石に我慢の限界を超えました。

例えば「原発」、例えば「NHKの紅白」
歌が「励まし」だの「慰め」だの、そんなのはあり得ない。マスコミの屁理屈ですよ、そんなのは。

「壊滅した東北の町を見てこい」
「死の町と化した福島第一周辺は日本の領土じゃないってのか」

首を吊る寸前の年配者に「ガキの歌」が聴こえるわけがない。

なにが「歌合戦」だよ馬鹿野郎。

何かと偽善っぽく被災地支援で構成するんでしょうがね、その事自体が偽善そのものでしょうよ。

「挙国一致の支援」
それが不安で胸が一杯の被災者達への一番のメッセージじゃないのか。国営放送がその音頭をとらないで誰がとる?

なにが歌だって。ブ~ムじゃねぇんだ、大災害は。真剣に具体的な救済の手を考えるのが同胞ってもんだろうが。

そんな「馬鹿」でもやはり日本人は日本人。三陸魚介の美味さはDNAに刻まれています。

どんなにアホ臭い「グルメ」が充満していても、いつか必ず「海産物」に逆戻りします。

壁のデカさと、動きたくても動けない事情はよく分かります。でもね、どうせいつか必ず死ぬんです。

五年だけ先に延ばしてもどうって事はないですよ。慌てることはありません。見返してやりましょうや。カッコつけ野郎を。

「おやっさん」

「なんだよ?」

「年末、おせちの手伝いに行ってもいいですか?」

「もうおせちの営業はしないよ」
「義理のある人達にだけ作るだけだ」
「もうおせちなんぞ売る気はない」

「そんな・・・もったいないじゃないすか」

「うるせぇボンクラ」
「おせちの仕事はねぇけどな」
「ツラを出したいなら、いつでも来やがれ」
「このバカヤロウ」

2011年12月22日


コメント

弔慰

大勢の同胞を失った巨大地震と津波
この先も国民の健康・財産を蝕み続ける原発事故

この二つは単に「弔意を表わせば済む」という出来事ではなかった。

日本列島は地震の巣の上に位置し、どこでも巨大地震は起きる。そして原発は各地に存在します。

「被災地」という言葉は誤りであり正しくありません。被災者は我々日本人すべてなのですよ。

ところが、東北の人達がTV画面に映れば映るほど、「他人事」という感覚が増殖し、3・11は「アイテムと化して消費されるワード」になって行くばかり。

なぜなら「テレビを観てる人は安心・安全ですよ」という誤った発信をしているからですよ。

我々はすべて『当事者』であり、他人事などではありません。

それならば気付くことがあるはずです。あの「緊急事態」に、日本の政治や行政はマヒするばかりで、まったく機能しなかった。それどころか「ブザマの連発」

東京電力の本社幹部は「福島第1原発を放り出して逃げる指示」を本気で出そうとした。

これは東電だけじゃなく、『日本の中枢部』、簡単に言えば「偉い人達」に共通した反応でした。首都で生活してるおいらにはそれが分かるんです。

金持ちは皆、浮き足だっていた。実際に逃げた者もいる。サラリーマンや一般の人々が「帰宅難民」になっている最中にですよ。その時点では、まだ瓦礫の下敷きになって動けない日本人もいた。

それがどうです?
少し落ち着くとみるや、国民の生命財産を安全に守るべき義務が機能していなかった責任は無視したまま、増税だの、「廃炉は30年で完了」だのスットコドッコイな事を吐かしやがる。

あの状態の原発を廃炉にする技術は現時点では存在してないのにです。

「将来の科学進化で何とかなるはず」との希望的観測。

すべてのツケは子供や孫に払わせるという姿勢は、国の借金漬け財政と同じ発想ですな。

普通、子供や孫を愛していれば借金ではなく財産を残すはずなんですが、日本人はもう子供らを愛しておらんのでしょう。

冒頭に「弔意を表わせば済むという出来事ではなかった」と書きました。つまりね、『日本はこのままではダメだ』と、『どうにかすべき時が来た』と、腹を括るべき出来事だった、そういう意味です。

官僚や政治家、そしてマスコミはどうにもならぬほど堕落しているが、それ以上にひどいのは国民

もう少しマトモな国民ならば、年内で政権を崩壊させていたに違いない。民主国家で革命は必要ない。内閣の支持率が10%を切れば終わりです。

「機能する国」「国民に向かって話ができる政権」
それが作れない限り、すべての政治家を落選させ続ける。仕事のできる者を国会に送るだけです。

政治家にもメディアにも、そして官僚にさえも、「マトモな人」が存在します。

その割合を現在の「極めて少数」から「多数派」にしていく。それこそ我々国民がするべき事ではないでしょうかね。

それが亡くなった2万の同胞に対しての本当の弔慰だと思います。

5年後、我々が今年犠牲になった人の墓前で胸を張って晴やかな顔をしていられるか、良い報告ができるか。

それは我々日本人が子や孫を本気で愛せる環境を整備し始めているかどうか次第で決まるでしょう。

Posted by 魚山人 at 2011年


>一年目は表面しか見えない。
>二年目は馴れが出る。
>三年目に馴れが間違いだったと分かる。
>四年目に心構えが出来る。
>五年目にどうにか【芽】が生えてくる。

はじめまして。
ひと月くらい前より、拝見させていただいております。

元々、薄刃包丁の研ぎ方を調べたくてネット検索をしていたらこのHPを発見しました。

魚山人さんの言葉で惹きつけられながら、時間をかけてゆっくりと拝見させていただいております。

東北の現状は、この目で見ておりません。想像だけで何か言えるほど現実は甘くないのだと思います。
自分にはいま何も言えません。

自分は地方で演劇を生業としております。

いま、若輩ながらオペラの演出をしております。
自分の親や祖母ほどの年齢のオペラ歌手相手に、「芝居を安定させないで」「自分の足元を疑って」「地に足をつけないで」などと偉そうなことを言っております。

目に見えない不確かなものを、信じる強さ。
信じているものを、疑ってみる心構え。

迷わず、ためらわず、決められたことをなぞるだけの芝居に、いったい誰が共感するでしょうか。

人は常に迷い、疑い、落ち込み、それでも前を向いて歩こうとする生き物なんだと思います。

だからこそ、曝け出して欲しい!

そのことだけを願い演出しております。

そこに拘るのは、舞台芸術はコミュニケーションの芸術だと考えるからです。

何が言いたいのか、分からなくなっていますね(笑)

魚山人さんのブログや、過去の記事を「俳優修行=人間力の教科書」と思い拝見しておりました。

そこで、あの冒頭の言葉です。

いまプロになって6年目が終わろうとしております。思い返してみて、あまりに自分と合致するので驚いているところです。

私のような読者もおります。

更新を楽しみにしておりますし、料理に困ったときは参考にさせていただいております。

無理はなさらず、ご自分のペースで更新していただけたら嬉しく思います。

Posted by かまきり at 2011年12月22日 03:47


かまきり様
お便りありがとうございます。

>何が言いたいのか、分からなくなっていますね

そんな事はありません。とてもよく分かります。唐変木のおいらなんぞが難しい舞台芸術について語れやしませんけどね、仰る事は理解出来ます。

舞台ではなく映画の話になりますが、
先頃お亡くなりになった天才の誉れ高い映画監督。
再三、「人間を描きたかった」と。

そして山田監督の『男はつらいよ』
現実には存在し得ない設定の『車寅次郎』

だが我々は寅さんから多くの「現実」を教わったものです。
寅さんは芝居や演出を超えた向こう側にいました。

>人は常に迷い、疑い、落ち込み、それでも前を向いて歩こうとする生き物なんだ・・・

まさに、その『表現者』が寅さんだったという気がします。

寅さんは一匹狼といえど所謂「ヤクザ」ですんで、通常であれば「ろくでなし」で終わりです。皆に迷惑をかけたあげく、故郷にも戻れなくなるのがオチ。

そんなロクデナシ寅さんに「前を向かせる」のは「人のつながり」
今の日本人が失った「周囲との繋がり」です。

その「繋がり」が、かろうじて残っているのが東北なんです。

カッコつける毎日で疲れ果てている都会の人間。
どんだけ「今ふう」であろうが、誰とも繋がっていない。
ネット上に1万人のトモダチがいたって同じで、現実の生活では孤独。

「大事にすべきものは何か」
そろそろ気がついてもいい頃ですよ。

被災者が移動しないでも生きられる環境。
それを再構築する手助けをするのが日本人が行うべき支援です。

いや、こりゃどうもすいません。つい話が・・・・・(笑)
演劇のお仕事、どうぞ頑張って下さい。

Posted by 魚山人 at 2011年12月22日 10:10


お久しぶりです。

最後のくだり、涙が出ました。

Posted by 藤井茂男 at 2011年12月22日 15:54


初めまして、いつもブログ拝見しています
魚の料理法、また仕事への姿勢は至る所で参考とさせて頂いております

5年堪える力…今の私には大変重い言葉です

元々鮮魚関係の仕事をしておりましたが魚を扱う内に
料理への興味が深まりそちらの道へ進むことも考えておりました

やるなら魚を扱える鮨か割烹か
しかし20歳も後半でそちらの世界へ行くのはどうなのかと悩んだり悶々としていました

そんな折に知人の紹介で鮨屋の主人が若い衆を探しているので
やってみないかとの誘ってくださり

色々と悩みましたが一念発起、覚悟を決めて飛び込みました

歳も喰ってる素人が入っていけばつらいのは間違いなし
そもそもそんな事は当たり前と覚悟をして入ったのですが

予想した方向と全く違った覚悟がいる鮨屋でした

床には落ちたシャリが幾度も踏まれ黒く点々となり
魚を卸した際に飛んだ血やウロコが壁や柱にこれまた点々とし大変不潔な厨房

酢〆は塩も酢もいつも同じ時間通り
アラ汁にはウロコつきの頭が入っていたり
凡そ丁寧とは言えない仕事ぶり

味噌汁、煮物の出汁は昆布もカツオ節も使わずだしの素頼り

他の事柄も枚挙に暇が無いですがここに書く事ではありません

自分もいい歳で、覚悟して入った分相当にショックでした
おまけにこの店は近所では人気店として繁盛しており
著名人、料理家なども来たりしてるのだから世の中がもう分かりません

覚悟を決めたからには石の上にも三年
今回の魚山人さんの言葉では5年ですね
とにかく堪えてみようと思いましたが
上記の事、それ以外を平気で行える親方への信頼が
日ごとに無くなっていきます

果たして自分は本当に鮨屋になりたかったのか
それもなんだかぼんやりとしております

そんな気分で魚山人さんのブログを覗いたら更新内容が悩みと嵌り
ついコメントしたくなってしまいました
場違いなコメント、申し訳ありませんでした

年の瀬も押し迫り、板前の皆様は大変に忙しい時期とは思います
どうぞお体にお気をつけ下さいませ

失礼いたします

Posted by 跡見 at 2011年12月23日 01:39


藤井さん、こんにちは。
変わらずお元気そうで、安心しました(^_^

跡見さん、初めまして。

正直言って言葉がありません。
しかし、はっきりしてる事が一つだけあります。

跡見さんがこのような文章を書ける人間だということです。
それが救いであり、同時に先への希望なのですよ。

あなたはまだ若い。
道はずっと先まで伸びています。

Posted by 魚山人 at 2011年12月23日 09:04


こんにちは。

今日は、報告に来ました。

包丁の事です。

九州に帰って来て現場に居ますが、自分の包丁を若い奴らに全部あげたから、ココらで本焼きでも誂えてみようかと、昨日、包丁の日記をみて居ました。

一つは、マルちゃんも持ってる、グローバルプロ。それと、柳刃は酔心イノックス本焼きの九寸。

今まで、俺は包丁日記にも投稿しなかったじゃないですか。正直、柳刃でも一番安いのしか持ってなかったし、二万円以上の包丁を買った事がなかった。

ま、知識もなかったし、今のやつでも不便を感じる事もなかったから。でも、九寸の青二の薄刃を人から借りて使ってみたら、仕事が捗る捗る。玉ねぎのみじん切りが、全く苦じゃ無くなりましたから。やっぱり、道具も大事だな、と思ったのがきっかけでも有りました。

あえて本焼きにしたのは、金に余裕が出来たからじゃ有りません。社長仕事が増えて、店舗が多くなっても、自分が誰なのかを忘れたく無いからでしょうか。

あと、酔心イノックスの薄刃も買うつもりでしたが、あんまり自分ばっかり新しいのを買うと若いのが邪推するからしばらく我慢します

値段も、そんな変わらんし、白一の本焼きにするか、悩みました。(一時間も!)

でも、そこら辺は俺らしく、錆びにくいやつに(笑)

Posted by ゆうじ at 2011年12月23日 14:38


こんばんは、ゆうじさん。

酔心さんですか。良い選択です。

「白一の本焼」はやめて正解です。
はっきり言って40歳をかなり超えた年齢でないと使いこなせません(笑)

何かを切って3分後には錆が浮くシロモノ。
そいつを光らせたまま使うのはね、半端なことじゃない。
長い長い経験が必要です。

グローバルと酔心イノックス
「自分の形」になった頃合いに画像を投稿してくださいm(_ _)m

Posted by 魚山人 at 2011年12月24日 00:08


お疲れさまです。

いやー、びっくりしました。グローバルPro。

俺が今まで使って居た、どの包丁より切れる。

俺が長年使って居た包丁は、一体なんだったのか?と言うくらい切れます。刺身を引いてみましたが、柳より良くきれます。有る意味、情けなくも有りましたが(笑)

ところで、魚山人さんの白一はこれに比べてどれくらい良く切れますか?
笹を切った画像も見ましたが、グローバルProでは笹は切れませんでした。だから今イチわからず。。。

たまには、こう言うワクワクも良いもんですね(^^)

Posted by ゆうじ at 2011年12月24日 17:25


正体がハッキリと見えた2011年でござりました

「日本人の正体」 でする。。。。。

【全面戦争による首都空爆と本土決戦】
モシクは
【地殻変動的天災による壊滅状態・インフラ全滅】

そういうカタストロフィーでも起きないと【変革】はしない

“3・11ていど” ではなぁ~んも変わらん
「何も起きていない」くらいの感覚

ちゅか

【変えられない】
【変える気もない】
【変わって欲しくない】

それが日本人の本音ちゅうことでするわいネ

3・11の後、、、本気になったのは、、たったの1~2ヶ月

停電が終わり食品がスーパーに戻るまでの短い期間

その間だけ日本人は誰もが【当事者】だった

【自分たちの暮らし】が元通りになった途端に3・11は終了

テレビ画面に映る【被災地】

【目に見えないからどうでもいい放射能】

それらはタチマチ遠くの世界の出来事

日々リアリティを失い最早日本国内の現実とは思えぬ

ウソツキ政治家とバカマスコミが何か言うタビに現実感が薄れる


【チャンス】だったと思う

そう感じた日本人は多いハズ

坂を転がり落ち、、、、人の心が荒廃を続けた数十年

何モノをも信じられない悲惨な国ニッポン

それをリセットできるチャンスだったの3・11ちゅのは

国の【根幹】を【すさんだ日本人の心】を変革できるはずだった

【国難】だからみんなで立ち向かう団結力が再生できる

ケド

スポイル期間があまりに長すぎた

思考停止グセはもう【日本人の本質そのもの】

【それが日本人だ】と言う他なし 

冷温停止ならぬ  【脳停止】 それがニホンジンの正体

「頑張ろう日本」「絆」
こんなお題目をマスメディアが流せば流すほど物事の本質は消えていく

それを耳にするたびに「頑張らない」人々が増え
「絆」が日本社会から消えていく

3・11後の日本はあまりにも見苦しすぎます

醜いです

ナゼそれだけの被害を受けても【本気】になれないの?

自国の政治をみて【狂ってる】と思わないのはナゼ?

菅総理から野田総理に移行した際のドタバタ

政治 行政 民間

ドコカラモ

迅速で具体的な復旧・復興のプランは出てこない

そんなザマでっっっっ

       【日本の再生】もクソもあるかいボンクラ

その有様でもってしてからに、、、、、、、、

どうしていつも通りのクリスマスと正月なの?

今変えないでイツ変えるちゅ~のよ

イッタイ何が起きれば【自分の事】だと感じれるの アンタ達

【当事者】とは何? 

外から見ればアンタ達全員なんですけど

東北の海岸線で波をかぶった人達だけじゃないのよ

この機会に【国のありかた】を変えないとね

「将来」は無いの アンタ達の国は

今 食べ物があり電気があり職があり家があっても

仮設で不安なお正月を迎える東北の人達とおなじ

み~んな!【当事者】なの

Posted by 黒レギンスのマルジ at 2011年12月25日 01:09


ゆうじさん。

本焼の方が桁違いに切れる。
切れ方の『質』が違うのですよ。
笹なんぞより、活の白身を刺身に引いてみれば分かることです。

Posted by 魚山人 at 2011年12月25日 01:10

マルちゃん。

当事者の一人として言葉がない。何かを書きたいが頭に浮かばないんで、思いついたら続きを書くとして、とりあえず、ありがとう。

Posted by 魚山人 at 2011年12月25日 01:11


お疲れ様です。

俺ゎ年末仕事で そりゃ忙しい!
ルール違反も あんダロ。俺。

爺の早々な年末年始挨拶ゎようするに俺に
「仕事しろ!」←ってな愛情と

「ボンクラゎほったらかし」←ッツー愛情だろう。

マルジから
しかも黒レギンスとキタ。

ここまで言われなきゃ
ツカ言われてもわからネェの?

日本人 日本国 ゎ
空中分解してる。

「ゆとり」なんて単語ゎ
責任のなすりつけ。

今すぐに被災地へ行けとゎ言わネェが 被災地ボーナスゎネェダロよ公務な方々。

どんだけ銭なん?
命ゎ商品け?

波被る
苦しかったろうに。

黒レギンスのマルジサンゎ
ものすげぇ能力の持ち主と魚山人サンから聞いてますが

【普通】だよ。

救世主にもならなきゃ
愛の手もくれネェ。当たり前だかんな。

悔しいけどな。

非公開でいいッスもち!
俺に出来ることゎ
仕事と相対すことしかネェからな。

仕込みして 会計係して
出前行って 飯台下げて
下らネェお笑い芸人にゃ負けネェおしゃべりして 片付けの皿洗いして
んで爺blogにコメ。

幸せだよ。

返事ゎいらネェ。
爺の愛の世話になる。

ラストスパート
限界だ

身体が悲鳴上げてる

曜日の感覚ネェし
来週ゎ寝る暇さえなかろうに。

ありがとう。

Posted by 黒足のボラジ at 2011年12月25日 02:09


お疲れ様です。
先日はコメントの返事をいただきありがとうございました。

誰ぞにふと聞いた話ですが
復興出来たとしても観光客が戻らず、結局また元気がなくなることがある、と。
今は何も出来なくても何年か後に遊びに行くことも復興の手助けなのではないかな、と思ってみたりします。
クソガキの戯れ言かもしれませんが、、、

今は神戸に住んでおりますので先日のルミナリエも今は観光の名物ですが元は復興のためであり、確かにルミナリエ期間は近隣の飲食店は殺人的な忙しさに見舞われます。
もちろんすべてを見て来た訳ではありませんのでわかりませんがこういうこともあって神戸は元気を取り戻したのかもしれません。

今月は同僚の大学生の就活開始、忘年会、ルミナリエ、クリスマスもあり、忙しいかつ、人不足に見舞われましたので、包丁を握る回数も時間も大幅に増えましたので個人的には嬉しい月でした。
中でも野菜を打つことが増えましたので、頑張った自分へのご褒美も兼ねて薄刃包丁を買おうと思い、近々堺へ足を運んでみようと思っています。
まだ購入は先になりますが今のアパートの家賃くらいまたは少し高いくらいの品を探そうと思っています。
包丁負けしない様な腕になれるよう一生懸命に怠けないよう励むという戒めも込めてです。

今以上に傷だらけの手になりそうですが楽しみでしかたありません。

Posted by 中小路 at 2011年12月25日 07:01



はじめまして 
5年ほど前から、拝見いたしております。
この度の、メッセージに感動いたしまして
お礼申したく、書き込みさせていただきました。

当方、福島県 いわき市で生活しております。 港町でしたので、それなりの被害に遭いましたが、現在は復旧して仕事はしております。
【自分はまだ・・・】本当によく分かります。
5年がんばってみます。
ちょうど還暦になりますが・・・(笑)
ありがとう御座いました。

              楽音人

ブログがんばって下さい。

Posted by 楽音人 at 2011年12月27日 12:45


鯔さん
中小路さん
楽音人さん
どうもありがとうございます。

どうぞ良いお年をお迎え下さい。

Posted by 魚山人 at 2011年12月28日 08:47


いろいろ学んだ一年。

コメント欄でゎありますが
魚山人サンに中毒な方々。
ありがとうございました。

来年もヨロシクお願い申しあげます。

斉藤和義が唄う歌。
「愛なき時代に生まれた訳じゃない♪」

せめてもの歌詞でしょう。

「愛」を振る舞えるよう
来年も気合い入れてきますゎ!

今年一年お疲れ様でした。
もうほんとに年内最後のご挨拶になりますんで。

ッツーか寝る暇ネェじゃん俺。
明日ツカ今日ゎしばらくしたら出動じゃん俺(笑)

さてと…風呂にお湯が張ってあること祈ります。

たまに この糞サミィ中
シャワーだけな扱い方される鯔次郎(泣)

お疲れ様ッス!
また来年も
頼みます。俺
お願い申しあげます。

良いお年を。

Posted by 鯔次郎 at 2011年12月29日 02:00


本年最後のご挨拶・・・
今年は魚山人さん、鯔さん、マル子さん、大勢の多彩なゲストの皆さんに勇気付けられ、励まされ、何とか年末を迎える事ができたことを感謝いたします。

来年も想定外?の出来事が多々起きるかと思いますが、寡黙で粘り強い東北人・・絶対に負けませんので、遠方からも見守っててください。
皆様の気持ち確かに受け取ってますので・・・

では、ここに登場した皆様への感謝と新年のの御多幸を祈り締めといたします。

人生、なんくるないさ~~ちばりよ~~

Posted by ナオ at 2011年12月29日 18:41


 何とも言い様がありませんね。
いつも思います。下らないTV、CM・・・
被災地の人達はどんな思いでこれを見ているのか・・・今年(来年)の正月は日本人全員が喪に服すべきではないのか。

日本は終わりました。言葉もありません。
合掌。

Posted by 藤井茂男 at 2011年12月30日 00:03


こんにちは
はじめてお便りさせていただきます。

1年ほど前に、魚山人さんのブログを偶然見つけて以来、毎日拝見させていただいており、眠る前にこちらへ寄らせて頂くことが、もう習慣になっています。

どのカテゴリの、どの文章も
丁寧に、とりわけ優しく構成されており
「おいお前、美味くなれよ、美味くなれよ」と
僕自身が料理されているような気がします。

被災地へは昨年5月、GWをはさんで10日間滞在し、岩手県(釜石、陸前高田、大船渡)にて、3件のお宅の家具の運搬、泥出しの作業をしてきました。今春、また行きます。

Posted by 大阪の30歳 at 2012年01月06日 13:57


ナオさん。
藤井さん。

今年が良い年になるように祈りましょうや。

大阪の方。
どうもありがとうございます。

「まだ日本は捨てたモンじゃねえかも」
そう思うのはアナタのような人がいるからです。

おいらは関西について根本的に誤解をしていた気がします。考えてみれば古くから日本の中心。大阪の動きを楽しみにしています。

Posted by 魚山人 at 2012年01月06日 20:18


魚山人さんこんばんは!

宮城県のスズメ貝です。

「復興へ歩み感じる」

閖上の赤貝で記事にしていただいた
宮城県のS改めスズメ貝です。

ご挨拶が遅れて申し訳ございません
皆様よろしくお願いいたします。

震災から1年半が過ぎましたが、新聞記事等で漁業関係の復旧・復興のはなしを知るにつけ
「よかったなあ」と、魚好きとしては嬉しく思います。

そんな中、先月9月に地元紙で粋な見出しを見つけました。

【旗の注文“大漁”】

石巻の染工場さんが、震災で工場が柱と屋根だけになってしまったそうですが、ボランティアなどの尽力で9月から再開し、大漁旗や船名旗の製作依頼が相次いでいるそうです。

きっとこの記者さんはシャレ好きの浜っこかなあ、なんて思いました。

本記事はこちらです。
2012/9/13河北新報
https://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1062/20120913_01.html

新船といえば、閖上の赤貝漁にもお目見えしているようです。
2012/10/4河北新報
アカガイ漁新造船初入港 名取閖上漁港
https://www.kahoku.co.jp/news/2012/10/20121004t12030.html

三陸の浜は着実に芽を出していますよ!

スズメ貝

Posted by スズメ貝 at 2012年10月05日 21:49


スズメ貝さん、こんばんは。

東北。
30年来の知人も、ウチの元若い衆も、元気で逞しくやってますよ。
ですがまぁ、何処においても「光と影」があるわけでして、影の部分がやや強調されて紹介されるのかも知れませんな。

新しい記事は、どちらかと言うと「こっち側の問題」でしてね。
「公金」を狙って東北に入り込む一部のヤクザ組織と、どさくさにまぎれて国家の税金を引き上げてピンハネを狙う役人は、同じ穴のムジナではないか。

ま、そんなこってす。
つまり、「日本(人)全体」を対象にした記事です。

とにかく、お元気そうでなにより。
宮城からの風が感じられれるお便りをありがとうございました。

Posted by 魚山人 at 2012年10月06日 00:15

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