日本料理と和食材

  

食材の化粧面

素材そのものが持っている味。
料理で厚化粧するのも結構ですが、やはり「本来の味」を引き出してナンボってのが料理人の仕事だと思っています。

確かにね、「スタイリスト(メイクアップアーティスト)の技術」が優れていた方が料理人らしい。そう考える時期があります。20代の頃は大概そうなります。誰だって華やかでカッコイイ方がいいに決まってますから。化粧&ファッションの腕前を上げる事だけに夢中になりがちです。

ところがあるていどの年数料理の仕事をやっておりますと、手摘みの山菜やら辺鄙な漁港で水揚げされた雑魚などを食べてみる時間が必要だと気がついてきます。気付くヒマのない人もいましょうし、気付いても行動はしない人もおりますが、動く人間は動きます。

大都市の市場に優先的に送られてくるものだけが旨い食材ではない。そう思うのはやはり足を使えばこそです。これを繰り返して初めて「料理のために食材があるのではなく、食材のために調理法がある」ってことに目覚めます。

「俺は10年近くも何をしていたんだろう」そう思う板前もいます。
「調理技術の呪縛」に縛られていた自分がいたと感じる。

その時点から食材を見る目が360度くらい回転します。
飾りつけてナンボではなく、引き出してナンボです。

だが、言うわ易し、思うわ儚し。
そう簡単なものではない。

苦労のあげく自然薯を入手したとしましょう。
ところが今までの自分の経験では「普通は長イモ、大和芋」。
それを飾り庖丁で椀種に、また、八寸にすることはできる。
だが自然薯にそいつが通用するのか。
おそるおそる経験を応用してみます。
だが、確実に自然薯の「持ち味」は死ぬ。

「生まれつきの美人に厚化粧はいらない」
そう気がつき、それを生かせるまでには時間がかかります。

「なんで和庖丁はこれほどまでに切れるのか」
「こんなに切れなきゃいけない理由があるのか」
時を同じくしてそれにも気付くでしょう。

「素材の持つ本来の味」と「鋭い庖丁の切れ味」
この二つはまったく同じ「味」なのですよ。
矛盾はなく同義なんです。

生物は細胞で出来ております。
したがって「醍醐味」も細胞にあると考えてよいですな。
「秘密」は細胞に隠されているはず。

その細胞を破壊すれば秘密は失われてしまいます。
では対象の生物を丸ごと食えばいい。

だが我々は野獣ではありません。
「料理」をする人間です。
結論はひとつ。
細胞を破壊しないで料理する。です。
これが刺身庖丁があのような形をしている理由なんですよ。

切れない庖丁でも料理は作れます。
だがそれは「細胞の壊れた死体」にすぎません。
だから化粧をするしかないのです。

では、「本来の味」がまったく無い食材はどうすればいいのか。

「もずく」という海藻がありますね。
冬場の今が旬なんですが、これを前にすると複雑です。
「もずく酢」と名の付いた合わせ酢があるくらいですので、当然定番中の定番は酢の物。その旨味酢の味とちゅるちゅるとした口あたりが醍醐味。

味を付けなければ食って旨いようなものではありませんな。
持ち味もカロリーと同じくらいでゼロに近い。
主に食感を楽しむ系統でしょう。

これを「何かに混ぜ込む」料理は沢山あります。
調理方、食べ方も数多い。

だがこれ単独での料理は考えられません。
だしや酢などの旨味が脇にない限りは無理です。

沖縄の漁師に電話しました。
「あんた家ではどうやってスヌイ食ってるの?」
「えー、なんね急に。スヌイ?食べてるさーいつも」
「だから、どうやって食ってるか、それ教えてよ」
「天ぷらが多いみたよー。あとは汁か酢だね」
「他には?」
「そんな急に言われても浮かばんよー」
「ありがと、もういいわ」

なかなか簡単にゃいきませんが、
おいらにはどうしても納得のいかないことがあるんですよ。
「この海藻は何か隠している気がする」
ただの疑心暗鬼かもしれませんけどね。

正確に言いますと、「おきなわもずく」と「もずく」は違います。
大量に出回る「おきなわもずく」が一般的にモズクと呼ばれるような現状ですが、たんに「もずく」というのは「絹もずく・細もずく」と呼ばれている方なのです。ややこしい話ですがね。店頭でモズクとして売られているのが「おきなわもずく」で、「きぬもずく」として売られているのが「もずく」です。
あと、北海道まで分布する「いしもずく」という奴もあります。

全国的に流通するようになった理由は健康成分でしょうな。
含有するフコイダンとアルギン酸です。アルギン酸は血流を良好にし、フコイダンはピロリ菌を退治するらしい。

それはともかく、
なぜこの海藻は塩・醤油味ではダメなのに酢は合うのか?
淡いすましには合うのに味噌汁ではイマイチ。
本当に素材自体に味はないのだろうか。
いちおう成分的にみて「ない」ことは分かってますが。
何かを見落としている気がしてしまうんです。

「本当に酢がおまえさんのスッピンなのかい?」
小鉢のもずくは沈黙したままです。


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