包丁をきかせる
板前の中には包丁を「きかせる」(効かせる)(利かせる)って言葉を使う者もおります。しかしこの言葉の示す意味は非常に広範囲でして、漠然としているとも言えます。
そもそも包丁を使う場合、どんなケースでも必ず包丁のどこかの部分を利用しているわけですし、これ即ち包丁をきかせているに他なりません。
しかし本職の板前が使う言葉である以上、ある種の専門的な用い方を指していると考えてもよいでしょう。
例えば非常に身の締まった堅い白身魚の刺身、活の河豚とか平目あたりを薄く切る時には包丁の先にあるカーブ(反り)を巧みに使わないと一息で引き切るのはかなり厳しい。
こうしたカチカチで、しかもある程度の脂もある身を河豚作りするには刃先まで直線構造の「蛸引包丁」ではなかなかに難しい。一発で引くのは難儀かもしれません。
刃先の反った柳や河豚引き包丁を使う意味合いはそこらにあります。これは刃先もしくは反りを「きかせている」わけです。簡単に言えば弓状運動ですが、正確には説明する言葉がありません。
和包丁が鋭くしかも深く切れるのは片刃だからですが、そればかりではなく、「裏すき」があるからです。裏側の凹みですね。これが無ければ切れ味が重くなってしまいます。この裏すきを利かせるケースもあります。
「刃元」や「切っ先」や「アゴ」、さらには「平」を効かせるケースもあります。「波切り」も包丁をきかせる例と言えましょう。
ひとつひとつ説明しつつ紹介していくのはかなり困難なのですが、今日は少し変わった包丁のきかせかたの一例を書きます。
しなりを効かす包丁使い
これはおいらが長く使っている便利包丁です。
こいつは薄物の洋包丁ですんでご覧の様に軽やかにしなります。
フルーツやデザートや皮剥きなどの他、非常に面倒な青柳の掃除などにも使います、刃先をしならせると仕事が早いからです。
この包丁の刃の先っぽをまな板に固定させてしならせると、色々便利な作業ができます。高低(浮き)を調整すれば低きは甘皮掃除、徐々に高くして行けばカッティングマシーンのような作業が可能になります。
キュウリを横から素早くスライス
その一例を皆さんがもっとも馴染の深いキュウリのスライスで紹介します。
水平包丁で切る胡瓜のスライス
キュウリのスライスと言えば普通は包丁を垂直に上から入れて切ります。おそらく皆さんもそうなさっているでしょう。ですが横から水平に切る方法もあります。厳密に言えば水平ではなく斜めですが。
キュウリスライス
これは押えの親指の使い方がポイントになります。お札の束を沢山数える時に札を扇状に広げますよね、あのイメージです。キュウリをカットしたそばから次々と親指で左に流し均等に広げているのです。
普通これをやる時はべつに包丁をしならせる必要はなく、ほとんどの料理人は真っ直ぐカットします。ですけど、おいらは切っ先をまな板に接地させ、先の方をしならせてから切線の中央部から先の部分、つまり「そり」のあたりを使って切っています。
カットしていると言うより「しゃくっている」感じです。包丁の薄さと柔らかい構造そのものに仕事をさせているのです。(※人それぞれにやり易い方法は違います。これはあくまでも個人例)
なんでそうしているかといえば単純にこの方が「速い」からです。多分見ている人はおいらが何をしてるのかさっぱり分からないと思います。「瞬きする間に」って奴ですから、どうやって切っているのか意味不明でしょう。このスピードで何で自分の親指をスライスしないでキュウリだけ切れているのか。そう考えるはずですが、その秘密はまな板に密着した切っ先と包丁のしなりにあるんです。
包丁のしなり
ちなみにキュウリのスライスは筒状にカットした長方形の角型もあります。目的によって長方形にスライスにする場合も結構あるもんです。分かりよい例ですと冷やし中華の具に使うキュウリの細切りがありますよね。ああした千切りにするにもこの角形が都合がいいんです。
(和食で細切りにする場合は剥く方が多いですが)
さらには細く切ってそのまま小口から打てば極小サイコロのみじん切りに発展します。(紹介したやり方ですと、いきなりみじん切りを打てる「ササラ」状態にする事もできまして、白ネギなどをササラにする時もありますが、どちらかといえばお客さんを喜ばせるリップサービスくらいにしか使いません。つまりカウンター内ではやっても板場ではやりません)
このケースでも上とまったく同じやり方でスライスできます。
親指を使って左に均等に広げながら切っているから切り終えた時点で整然と真っ直ぐ整列していますので、そのまま細切りにできる形になっているのです。いちいち並べ直す手間が要りません。
すごく便利な方法ですよ。御試しになっては如何でしょうか。ただし自分の指をスライスしてしまわないように慎重に願います。