ふぐ引き包丁・フグの雑学

  

てっさ(河豚曳き)包丁のソリ

フグを捌いているこの画像は、背皮を引いたあと、ひっくり返して白皮(腹皮)を引いている場面です。



残念ですが、フグのさばき方だけは始めから詳しく説明する事はできません。素人さんが真似て料理して食べたりすれば「死ぬ」からです。

自分で捌きたい方もいることでしょうが、あきらめて資格を持った専門家のふぐ料理を食べるようにして下さい。

(1)フグの雑学

海の魚なのにナゼ河の豚?

フグは漢字で「河豚」と書きますが、これって考えてみれば不思議。

我々が食べるフグは海で暮らす魚で、河にはいないからです。【海豚】でいいはずですけども、海豚はイルカの字。

そもそも何故に豚?
それはね、沖縄料理で豚肉が使われている事にも関係があります。

琉球料理は中国からの冊封使を饗すことが目的で発展した側面があります。このお客さんによって琉球王国は大きな利益を得ますので「国家的な優先事項」だったのですよ。 その客の大好物が豚肉なので、それを使う料理も発展。やがて宮廷料理は庶民に広がり、沖縄料理は豚肉が欠かせないものに。

中国人は歴史的に豚肉が大好きでして、豚を大変珍重します。
で、色々なものを豚と比べるわけです。

イルカもフグも豚と外形が似ているとして「豚」の字をあてた。揚子江にいるイルカは神の化身として崇められ、「江豚」「江猪」と。それが「海豚(いるか)」に。

そして中国の河川には「カラスフグ」とよく似た「メフグ」というものがおりましてね(現在日本にはいない)、これを豚肉のように美味だとして【河豚】の字をあてたとされています。

恐ろしい河豚の毒

フグ毒は【テトロドトキシン】で、この毒は数百度に加熱しても分解しません。その毒性は青酸カリの850倍。ヒトの致死量は1–2mg程度。

専門家はテトロドトキシンの毒性を表すのに【MU(マウスユニット】という単位を使います。マウスを殺す検体1グラムが1MU。ヒトの致死量は20万MUです。猛毒が凝縮するトラフグの肝臓が10万MUなので、およそ2グラムのキモを食べただけで死ぬということになります。

たったの2グラム! 絶対にキモを食べちゃいけません。

テトロドトキシンは人を含むあらゆる動物の神経を麻痺させ死に至らしめますけども、この毒で死なない生物がおりまして、それは「フグ」です。

フグは解毒をつかさどる肝臓に【システイン】という特殊なアミノ酸がたくさんあり、このシステインが毒を中和してしまうんですな。

だが、フグの肝臓にはもともとテトロドトキシンが多量にあるわけで・・・
まぁ、通常の場合「共食い」はしないんでしょうがね。
(まだ認可はされてないようですが、システインの製剤はフグ毒に効果があるとされています)

「フグは食いたし命は惜しし」

フグは高たんぱく・超低脂肪で非常に美味しい魚。
なので大昔から日本人は大好きだったようで、遺跡なんかで縄文時代からフグが食べられていたことは確実なんですが、「毒」はどうだったんでしょうかねぇ。まあ沢山死んだことでしょう。

秀吉の文禄・慶長の役で肥前(佐賀県)の名護屋城に日本中の武士が集められた折、下関を通過するさいに「フグが美味い」として食べてみる者が続出。それで死んでしまう。これでは用兵ままならぬと怒った秀吉は「河豚食禁止の令」を発布。

江戸時代にも尾張藩などではフグ禁止令があり、なんと長州藩でも厳しく禁じられていたとか。後世になって伊藤博文の尽力によりやっと山口県はふぐ食を公に解禁したといいます。

※山口県下関市がフグの本場とされますが、これはこの場所でフグが大漁に獲れるからという意味ではありません。地元玄海産も含めて全国(海外含む)からフグが集まる「集積所」という意味の本場なのです。

フグの食べごろ

現在は養殖のトラフグが主流ですので、季節を問わずフグは流通するようになっています。夏場にも提供できるので「河豚専門店」の営業が可能なのです。

しかし昔から云われてるフグの食べどきは【彼岸から彼岸まで】
つまり秋の彼岸から春の彼岸までということで、9月頃から3月までという事になりましょう。真冬が旬だと考えて良いです。

これはトラフグの産卵期が3月下旬~5月上旬なのと関係があります。当然ながらフグも産卵前に栄養満点になっており、産卵が終わると消耗して痩せてしまうのです。まぁ、卵の熟成に合わせるように毒も強くなり、これは貝毒なども同じ。

(2)フグの包丁

古書の『魚鑑』にこんな記述があります。
「下総銚子の俗にトミといふ。これ江戸にてテッポウといふと同じ意味なり」

トミとは富くじ(宝くじ)のことで、ようするに千葉の銚子ではフグの毒は「あまり当たらない」ものだったという事らしい。

明治時代の俗称「測候所」も同じく当たるか当たらぬか分からないの意でしょう。まぁフグ毒は種類によって少ないものもありますので、当たり外れはなんとも言えませんが、現在メインになっているトラフグは間違いなく猛毒で当たります(内蔵などを食べた場合)

テッポウとは鉄砲のことで、もちろん「当たれば死ぬ」ことからのフグの別名です。
これを略して鉄(テツ)
なのでフグ鍋を「てっちり」、フグ刺しを「てっさ」と呼ぶわけです。

ちなみにフグのもうひとつの別名である「キタマクラ」も死のイメージからですし、長崎の「ガンバ」は棺桶という意味。

フグの肉にはイノシン酸のほか、グリシン、リジンなどのアミノ酸が豊富で、高タンパク質。さらに1%以下という超低脂肪。この旨みを十分に引き出す為まる1日寝かせたフグ身の刺身は、非常に美味です。

とところがフグの筋肉は非常に結合組織が強く硬い。ちょっとやそっとじゃ噛み切れないほどの硬さです。

これを普通の刺身に切れば、口の中でモゴモゴするだけで味どころではない。人間の歯(特に日本人は)は、炭水化物主体の植物を噛むのに適した構造であり、肉食の獣とは違いますからね。

そこで考えだされた方法が「紙のように薄く切る」刀法です。
皿の絵柄が透けて見えるくらいに薄く切る刺身ですね。

これは包丁に厚みがあるとうまく切れません。
そこでフグ造り専用の包丁が考案されました。
【フグ引き包丁】(てっさ包丁)です。

青紙本焼包丁のフグ引き

フグ引きで大事なのは切れ味と薄さです。
本焼は一度刃をつけると長切れしますので良い。

「切れ味と薄さ」を支える「硬さ」も大切な要素。
つまり締りのよい包丁がいいって事です。

本焼でない場合は締まりのある青二鋼鍛造の霞焼が良い。

この二種は上下2本ともてっさ包丁ですが、幅がだいぶ違います。

関東と関西ではふぐ刺しの厚みに対する考え方が異なり、関西は厚みと幅があるほうが良いという「旨み主義」で、関東は極めて薄く細く切って刺身が存在しないと思えるほど透明に造ったほうが良いという「美的主義」です。
(どちらが良いという性質ではなく、人の好み)

なので下段の細身幅の方が関東向きというわけです。

いずれにしろ、その成否を分けるのは包丁の「切っ先とソリ」

肉というのはね、真っ直ぐな包丁でも切れ味が良ければパックリと切れる。だが「切り離す」にはカーブが必要です。

これは経験則による力学的なもので、真っ直ぐなサーベルよりも反り返っている日本刀の方が「人斬り」に向いているのを想起されたし。

なので刺身を切って分ける刺身包丁もソリがモノを言うのです。「切り」部分をカーブのソリが担当し、「分ける」を尖った切っ先が担当。

そのイメージを頭に置いて包丁の手入れ(砥ぎ出し)をします。

※この場合のソリとは、全体が湾曲して棟の深さで測る「刀の反り」とは意味が異なります


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