本焼包丁とは

  

本焼包丁とは何

本焼包丁

本焼包丁とは鋼のみで造られた包丁
それが本焼包丁の定義だと考えられているようです。



つまり一般的な包丁(霞包丁)の様に軟鉄と鋼を張り合わせたりしていない「鋼だけ」の包丁という意味でしょうね。

「本焼き」という言葉の由来は、硬度を高め切れ味を良くする為に、刃の部分のみを焼き入れする日本刀の焼き入れと酷似しているからだと云われます。

鋼材を鍛える作業から焼入れ、研ぎから銘入れまで、本焼包丁の製造は大変に面倒であり、霞包丁と比較しても鋼の量が違うし、製造過程も複雑で、作ること自体が非常に難しいというのが本焼。

「手間ひまが掛かる手造り」
「だからよく切れるし、その切れ味が長持ちする」
それが本焼包丁に対する一般的なイメージでしょう。

ところが最近少しばかり事情が変化しているようですね。
例えば楽天市場とかYahoo!ショッピングで本焼包丁を探してみますと、ズラズラ~とステン系の包丁がトップに並ぶ。しかも牛刀など洋包丁が多い。それらの包丁は「***本焼」としっかり表示されてます。

気になるのはその価格帯。
ほとんどが1万チョイのお値段です。
この価格から分かることは、「量産」と「コストダウン」
つまり「手造り」とは考えられないという事。

そもそもステンレス合金の包丁で何故に「本焼」なのか。
その理由は最初に書いた「鋼のみ」という定義でしょうな。

この事を考える場合、「【鋼】って何?」から始めなきゃいけない。
それでは範囲が大きすぎるので、「刃物用の鋼」に絞ってもいいでしょう。

刃物鋼・包丁鋼

日本の刃物鋼は二種。
「たたら吹き」による【玉鋼】(和鋼)
そして島根の「安来法」による【安来鋼】(新和鋼)

安来鋼を製造しているのは日立金属であり、玉鋼も同じく日立金属。両者とも同じ会社で製造されているし、玉鋼はほぼ一般に流通しませんので、安来鋼が日本の鋼の代表と考えてよく、したがって日本鋼(和鋼)イコール安来鋼になります。

※「日本鋼」と呼ばれる包丁を見かけますけども、これは間接製鋼法による工業用量産鋼であり、和鋼とは別の物です。

この安来鋼の刃物鋼材として有名なのが「白紙」「青紙」「黄紙」で、これは「炭素系」です。ステンレス鋼系として「銀紙」「ATS-34」というのもあります。

日本で使用される刃物鋼の大半は安来鋼ですから、包丁もやはり鋼材は安来鋼であるケースが非常に多いのです。

「炭素系」という言葉が出ましたが、鋼には【炭素鋼】と【合金鋼】があります。炭素鋼は鉄と炭素の合金で、C(炭素)を0.02%~2.14%含む鋼。合金鋼は合金元素を複数添加した鋼で主にスレンレス鋼を指します。

刃物用の炭素鋼は殆どがC0.7%以上の高炭素鋼ですね。炭素量が多いほど硬さが出る。つまり切れ味の良い刃物になるからです。

「白紙」と「青紙」は最高1.40%のCを含有する高炭素鋼です。
(さらに炭素量に応じてそれぞれ1~3号に別れる。例「青紙1号 C1.40%」)(加えて各号のA、Bという区分もあり、これもやはり炭素量)

「白紙」「青紙」のベースは安来鋼黄紙。
黄紙のベースになっているのが「SK材」で、SKはJAS基準の鋼材です。

黄紙から不純物(硫黄、リン、マンガン、珪素など)を出来る限り取り除いたものが「白紙2号」になり、2号にCを増量したものが「白紙1号」、低減させたものが3号・鋸材。

白紙2号に、クロムやタングステンなどを添加したものが「青紙2号」、さらに炭素量を増やしたものが「青紙1号」。青紙1号にクロム・タングステンさらに炭素を増加させたものが「青紙スーパー」

「SK→黄紙~青紙スーパー」ですね。

価格的にも矢印と同じく「高級」になって行きます。
炭素系で、何の表示もされていない和包丁や、洋包丁の大半は、SKで造られいている型抜きだと考えてよいでしょう。

要するに、炭素系刃物鋼の最高峰は青紙だという事です。

※ステン系の最高峰はATS34・ZDP189
一番切れる刃物

これらの鋼を刃の部分に使用し、軟鉄と張り合わせて焼入れしたものが一般の霞焼き包丁であり、品質の高い刃物になります。こうした包丁は「合わせ包丁」と呼ばれ、刃の部分のみに鋼を使い、それを補強するように軟鉄を張り付けて扱いやすい包丁に仕上げています。洋包丁や家庭用の両刃などは鋼を両側から地鉄で挟み込む「割り込み」で、片刃の和包丁は「片刃地付」で造られます。

これに対して、青紙なら包丁全部を青紙だけで造るのが本焼包丁。硬いので叩く段階から手間がかかり、焼入れも非常に難しいのが特徴。

ここまで読んで気づく方もおられるでしょう。
「安来鋼の紙がハガネなのは分かるが、合金鋼との違いは何だ」
「青紙などは合金ではないか」

その通りでして、合金と鋼の違いは非常に曖昧なんです。
だって鋼そのものが合金と言えますからね。

もちろんステンレス鋼も合金鋼です。
つまりステンレス鋼材で造った包丁でも包丁自体が単一鋼材であれば、本焼の定義にはまってしまうんですな。メーカーの努力で次々に開発されている「特殊鋼」も同じ事ですから、「何々の本焼」という奴が沢山あるわけです。昨今は「錆に強い」が合言葉ですので、クロムの配合に重点を置いて様々なものを添加しているのが特徴です。

しかし、単一の鋼材で造ったというだけで「本焼」を名乗っていいものか?
メーカー任せにせず、ある程度の決まりを作ったほうがいいのではないでしょうか。炭素やクロームの含有率、さらに鍛錬から焼入れの工程などに「ある範囲」を決めてそれをクリアしたものを「本焼包丁」とする。とかね。

そもそも1万円程度で買える包丁が本当に「本焼」なのか。
個人的な意見ですけどね、自分は炭素鋼で作ったものが本焼だと思っています。炭素量が増えると錆びやすい欠点はあるが、水焼入にした炭素鋼こそ本来の本焼だという気がします。

なぜ1万円では安すぎるのか。
それは「白紙」「青紙」を本焼にする工程を知れば理解できます。

全部を書ききれませんけども、1挺の本焼包丁を鍛冶屋が仕上げるまでには大変な手間と時間がかかるのです。しかも炭素量が多くなればなるほど(1号とかAとか)、失敗する可能性が高く、難しい焼き入れ・焼戻しの時にダメにしてしまう事も多い。さらにそれを研ぎ上げて鏡面などにしていれば、とてもじゃないが1~2万で売れるような物ではない。水焼きではなく油焼きにしたところでそんな値段じゃ商売になりません。包丁鍛冶が全滅してしまいます。

特殊な工程と合金の配合を開発し、様々な努力でコストダウンしてる各メーカーには頭が下がりますし、日立金属の独占状態に挑む姿にも大いに共感するものがあります。実際に機能も明らかに向上しており、錆びにくいうえによく切れるので、自分も色々な特殊鋼の本焼を持っております。

霞焼きにしろ本焼きにしろ、ダントツと言ってもいい「青紙」、それに負けず劣らずの包丁鋼材がずいぶん増えました。そうした包丁を使用する方はこれから増えていくでしょう。

それが時代の流れでしょうし、それでいいんじゃないか。
だけど自分はメインとして「白紙」を使っていきたいと思っています。

機能や利便性を追求するのも良い。
だが疑問を感じるのですよ。その先にあるものにね。

だから融通の効かない頑固な白紙1号です。
最も不純物が少なく、「無垢な鋼」。鋼らしい鋼。

白紙1号本焼

青紙に比べても不純物の少ない白紙を本焼にするのは大変。
これの1号を本焼に打てる鍛冶は数えるほどしか存在せず、堺でもなかなか見つからないのが白紙1号の本焼です。切れ味は他の包丁と比較できません。甘切れとは無縁の炭素量1.40%の切れは鋭いというレベルを超えます。そのぶん硬質なので油断すれば刃が欠けるし、扱いが悪ければ折れる。青紙の強靭さはありませんからね。

そして錆びやすい。
面倒くさい奴です。まったく不便もいいとこ。

しかし便利でお利口さんの相棒よりもね、
頑固一徹のコイツが好きなんですよ、おいらは。

刃紋も炭素本焼なればこそ、これがなきゃ本焼と思えない。

(焼入れの工程で包丁に泥を塗り、この泥の塗り方で刃紋(焼境)の位置が変化します。切刃上部であったり、平にあったり。
※日本刀に近い焼入れの工程からも「本焼」の名が付いたと云われており、「全鋼だから本焼」というのはここら辺りでも疑問符ですね。鍛錬の仕方も違いますし)

面倒な野郎でも大切な相棒です。
指先が真っ黒になり腰が痛くなるまで手入れしてやります。

研ぎが終わって鏡面磨きをしてる所ですね。
少しでも錆から遠ざける為。
そして気持ち良く刺身を引くためでもあります。

磨き上げたら仕上げに新聞紙で刃を研ぎます。

顕微鏡レベルの刃線は毛羽立っておりますのでこれを除去。
つまり研ぐと言うより「ならす」作業ですね。

大事なのは「そり」と「切っ先」

切っ先はパッと見た感じ「コンコルド」にも見えるようにします。
ですが「「鶴首包丁(コンコルド)」とは当然まったく違います。

柳刃の特徴は刃先の【剣】(鋭角)
「これを利用しなきゃ蛸をやめて柳を使う意味がねぇだろ」
そう言っていたのは亡くなった親方です。
ソリで「弓切り」して切っ先で「切り離す」ですな。

そう言えばこの頑固な包丁。
どことなく糞うるさかった親方に似てる気が・・・・


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