包丁の切れ味・包丁の構造との相関
包丁の切れは、最終的に持ち主の好みの問題になります。
切れるのは当たり前のことで初級。
「どのような切れ方をする包丁にしたいのか」
それによって研ぎを変える。そうなって行くはずです。
包丁の切れ味そのものを決定するのは以下の通り。
「鋼材」、「鍛錬」、「焼入れ」
そして「研ぎ」
鋼の種類や焼き入れの工程、それに研ぎ師が仕上げ(刃付)をしている包丁。前者の性質はその包丁の個性になり残りますが、刃付けは消耗することで消え去ります。なので研がなきゃ使い物にならない。我々がタッチできるのは「研ぎ」の部分のみ。
研ぎには二種があり、刃を出す「研削」、それに「研磨」
料理人が仕事の一部にしているのは「研削」になります。
つまり切れなくなったので研ぐという作業がこれに相当。
しかし研削のみでは刃道がササクレになっているだけ。
(荒砥やスチール棒や簡易研ぎ器でやるとこうなります)
忽ちにしてまたすぐ切れなくってしまう。
だから「研磨」の工程を足してやる必要があるのです。
この研削と研磨を同時にやれてしまうのが1000番あたりの中砥。なので、日本中の調理場に置いてあるのは殆どが中砥なのです。
包丁の種類による切れ方
①浅く鋭く切れる
(鋭く切れるが切れ込が浅い)
薄物系はこれで結構です。
表面に細工したり、皮を剥いたり、重量のない野菜を切り離す作業に使うものですからね。
鋼材の代表は白紙。包丁種別では薄刃・むきもの。
こうした鋭い切れは目の粗い砥石を使えば良さそうなものです。その方が早く刃が付いて、切れる感じがする。
が、それではいけません。
カミソリやカンナ刃に適した超硬質の合砥などを使い刃先を合わせる。
これはね、ノコギリの刃を連想してみれば意味がわかります。刃が山脈の様になっていて、山の一つ一つは鋭い。
だがアレで物を切り込めばどうなるか
食い込みはよいが「動かなくなる」
ストップしてしまうのですよ、途中で。
「刺さる」という状態になるからです。
荒砥やスチール棒のみで研ぐと、このような「花びら剣先(ノコ刃)」になる。
厚みのない食材を切るのにノコギリ引きはできない。包丁はス~っと切れなきゃ意味がないのです。
②鋭く深く切れる
(中程度の厚みがある食材を切断できるほど鋭さが持続)
これの典型が和食の刺身包丁になります。
鋭く切れ込め、それが深くまで持続。刃渡りの長さと包丁自体の重量で肉を狂いなく切断。鋼材の代表は青紙。包丁種別では柳刃・蛸引。
③深く重く切れる
鋭くはないが強靭。
魚アラの骨などを切断する出刃包丁の刃元二寸が良い例。
この部分は刃先から中央部とは違う研ぎ方をします。
(三段刃ですが、簡単に言えば糸刃を「両刃」にしてしまうということ)
冷凍包丁や大きな牛刀もこの系統になり、鋭さより重みがある切れが大事
ステンが代表の硬質鋼や、粘り重視鍛錬の和包丁。
この用途に炭素系本焼包丁は適しません。
包丁の種類はたくさんあり、用途も様々。
ですが大別すると①~③のどれかに属します。
もしくは用途に合わせて①~③の性質を混合させています。
面白いのは、同じ包丁であっても「切れの性質」を変えられること。
①~③を自分の好みでミックスできるのですよ。
それゆえに砥石の種類がこれほど沢山あるのです。これに好みに合った研ぎ角度も加えれば、まさに個性。同じ包丁(切れ方)は他にないということになりましょう。
包丁の切れ味を確かめる
上の①~③に合った刃がついたかどうか確認するには、食材を切ってみるのが一番ですが、研いでいる最中にいちいち食べ物を切ってはいられません。
かといって爪に食い込ませたり、まな板を撫でて滑り具合を確かめる方法では正確に分からない。これで分かるのは刃先コンマ数ミリの「山」のみであり、①~③に適合したかどうかは不明。
これは手近にある物を使って解決します。
新聞紙を1枚丸めて棒状にする。
これを切ってみれば色々なことが分かります。
切り離すことは出来ないが、八分目まで抵抗なく切れた
薄物である①はこれで合格です
スパッと切り離せた
②はこれが前提。
この感度が悪ければ刃が付いてませんので研ぎ直し。
板の上に新聞棒を置いて、押さえ切りしてみる
切り離せたら③として合格
「見方」は他にも色々あります。新聞紙は非常に便利ですよ。上手に活用しましょう。
刃付けの基本は下の記事を読んで下さい。
→包丁を研いで刃をつける
刺身包丁の構造
②の刺身包丁について少し考えてみましょう。
板前が使う包丁として最も一般的な「らしさ」がある包丁です。柳刃、蛸引、河豚引、こうした種類があります。
よく言われるように、「刺身包丁は刃元から切っ先まで刃道(刃線)全体を使って引き切る」ものです。そのためにあのような形をしている。
かなり前に、こんなコメントを頂戴した記憶が御座います。
「食材を大事にしたい。だけどそれは包丁の鋭い切れと矛盾しないか?」
つまり、
食材を破壊したくないのに切れ味が良いと「切断」してしまう。
それは食材を壊すことになり、本来の旨味を引き出せないのではないか。
そういう疑問かと思います。
これは逆なんですね。
「破壊しない」ためにこそ、包丁は鋭く切れる必要があるのです。
指を切ってみれば分かりますが、切れる包丁で怪我をするとすぐに治ってしまう反面、切れない包丁だと最悪の場合「化膿」してしまい長引く。それは細胞を破壊してしまっているからです。
ほとんどの料理は「カット」という工程を経ないと出来ません。どうせ切るのなら、出来るだけ栄養と旨みを流失させないで切りたい。
その望みを端的な形にしたのが日本の刺身包丁です。
「刃全体を使い引き切る」
これは先端部分の構造が重要だという意味になります。
「引く」部分よりも「切り離す(引き切る)」部分が肝心だからです。
これに最も適合するのが柳刃で、だからこそ一番普及しております。
ほぼ切っ先の三寸下からカーブしているのが特徴。
下のは「切付包丁」の薄い①の特性を柳刃とミックスさせてますね。白身魚などを薄く引くのに良いでしょうな。いわゆる「切付柳」「剣型包丁」
勘所型と切付型の本焼
微妙に切っ先の形が違う二本。
上のタイプはおそらく鮨職人・鯔次郎さんが使っているのと同じ。てっさ曳きとして使うと良い物です。
ではもう一種の蛸引きどうなのか。
蛸引の特徴は「幅」の短さ。長さのわりに幅が無い。
これは日本刀の特徴です。つまりぶった斬りに向いた構造。
日本刀の要素である「そり」があれば、刀と同じになる。気の短い江戸っ子の「喧嘩道具」になってしまいます。
なので蛸引きには反りがなく直線。しかも先端まで直線に切り落としています。
これは刺身包丁として中途半端な構造。「切り離す」という要素が消されているからです。
全国的に蛸のファンは多いですが、チグハグな使用感は否めない。柳刃に水をあけられるのも仕方がないのです。
では、柳の要素を取り入れたらどうか。
その考えにそって作られているのが「先丸蛸引き」です。
先丸蛸引とソリ
切っ先を復活させ
刺身包丁の生命線であるソリもつけてある。
この場合のソリとは、包丁の「切っ先に向けてのカーブ」ではなく、峰が下に向けて湾曲した日本刀の反りを採用したものです。加えて刃道のほうも中央部を起点とした日本刀型のカーブ。
そこらのモンで切れ味を確かめると
切断面も非常にシャープで綺麗
※あくまでも撮影用の画像です
※真似をしないで下さい
※こんなモンを包丁で切ってはいけません
あまり深い反りをつけると「刀」になってしまい、まな板仕事に向かない。
それに銃刀法的に微妙で危険。しかし、包丁そのものが今では銃刀法違反。
それに幅の短さが極端なので、ドスとしては使えません。
(刀としては使いモンになりません)
危ない方が読んでいるといけませんので、念のため(笑)