V金本焼庖丁 柳刃
V金の本焼庖丁が肴に出る
「コシヒカリだけじゃ柔すぎるシャリになる」ってんで、
播州米やらを混ぜ込んだ米を使い
地の天然魚しか使わない
魚がなきゃ店を開けねぇ
っていう鮨馬鹿がやってる鮨屋で、親父とコハダにニキリをつけるか付けねぇかで、口喧嘩をしておりました。
{この分らず屋のスットドッコイやろうが}
{だんだんこの男がヒョットコに見えてきた。もう帰るかな}
腹の中でそんな事を思っていた時、その店にどこぞの地方から修行に来ている板前が割って入りました。
「魚山人さん、庖丁に詳しいですよね。これ見てくれませんか」
「こりゃいい庖丁だね。8万くらいはしたんじゃねぇの」
「で、これがどうしたんだい?」
「これ何て言う庖丁なんでしょうかね?」
「あきれた男だねおまえさんは、それも分からずに買ったのかい」
「はぁ、錆びない本焼庖丁で、絶対だって言われたんで・・・」
そりゃ庖丁の細かい事なんぞ普通の板前は興味がないし、知らなくてもたいしたことはないし、実際知らない板前ばかり。
だがね、金払って買う包丁くらい、どんなもんか知ってろっての、まったくしょうがねぇ。
「これは武生のV金で打った本焼。堺一文字光秀の庖丁だろう」
「炭素が1.0%くらいのハイカーボンステンレスだから固いし長切れするよ。しかも研ぎやすいね」
(ステンにしてはですが)
V金10号本焼庖丁とは
堺一文字光秀 V10本焼 鏡面仕上
12%以上のクロムを含有した素材で作った庖丁が所謂ステンレスなんですが、錆に強く、切れ味が長持ちするため特に寿司職人には好まれます。
けども普通の炭素庖丁に比べればどうしても刃付けが辛い面があります。つまり研ぎが面倒で難しいってことですな。
ガラスに当てて庖丁を研いでいるみたいになっちゃう。
「手研ぎは無理でしょう、こんなもん」そうなる。
それでHRC(硬度)を落として研げる庖丁にするわけです。すると切れ味も落ちる感が出ます。炭素系庖丁のように研げばあっという間に鋭い刃が付くってな具合にはいきません。
しかしこの特性は考えてみれば「従来の炭素系本焼庖丁」とあまり変わらない。つまり「長切れするが研ぎ難い」ところがですな。
V金は福井県にある小さい会社「武生特殊鋼材」というところが開発したもので、庖丁によく使われるV金10号はC(炭素)を1.0%、Mo(モリブデン)を1.0%、V(バナジウム)を0.2%、Cr(クローム)は15%。そしてこれにCo(コバルト)を1.5%を加えた鋼材。
非常に硬くなると同時にコバルトにより少し値段は高い。
白紙、ステンで言えば銀三のような「甘切れ」はまったくなく、そのかわり「即切れ」は目を見張るものがあります。
硬く鋭く尖がったハリハリの庖丁って感じ。研ぎ出しは時間がかかるので、これはもう職人の好みが極端に分かれてしまうでしょうね。
V金10号で本焼を仕上げるのは、相当な技術が必要。国内でもあまりないでしょうね。これを打てるとこは。ですので堺一文字光秀だとすぐ名が出たのです。
V金10号の本焼はやはり、さらし仕事、そして寿司の板前に抜群でしょう。時には巻物を切ったり、とにかく塩と酢が、そして水分が、庖丁に頻繁に触れる漬け場のまな板。
サビに強い庖丁は絶対でしょう。しかも冷然とした冷たく美しい硬質の輝きを放ち、海苔なんぞでも怯まない切れ味と、その切れ味が持続する「耐摩耗性」
下の本焼などは柄の形などからもその目的にぴたり。洋柄ですが、もちろんこれは柳刃庖丁。
この画像ではハンドル部分がヘタをしたらプラなどに見えてしまうかも知れませんが、V金10号本焼にそんな安っぽい真似をするわけがありません。
黒檀に銀で、実物はかなり重厚な造りです。同じ仕様(柄)で、切付柳も存在します。
おいらが持っている旧タイプの「V金切りつけ型柳」
※※「錆びない」は正確には「錆び難い」です※※
寿司屋でならメニューを無視してもよいか
さて冒頭の鮨の話に戻りますが、コハダがどうのといったヘンクツ板前同士の会話はどうでもいいとして、この話題から思いついた事があるんで書いておきましょう。全国の鮨職人が、内心は思っていても書いたり口にしたりしない類の話です。
鮨屋に食べに行きますってぇと、そこの職人に向かって「ヨソの鮨屋」で憶えた食べ方を要求するお客さんってのが必ずおります。
白身やイカにサビではなく塩レモンとか、穴子にツメではなくサビとか塩、ウニにサビとか、サーモンを炙るとか、まぁそんな類。
その店のメニューにはのってないにも関わらず、これを初対面の板前に対して平然と要求し、しかも出てくるのが当たり前だとばかり機嫌の悪くなる方がいらっしゃる。にわか通の典型ですな。
この行為、塩をまかれたくなければ改めた方が良いでしょう。
今は多くの場合雇われ職人ですし、オーナー職人でも優しい人が増えましたので、黙って要求を飲むケースが多いが、内心は「帰ってくれ」と思っております。
そうした変な寿司は店や板前がすすめるモンであって、お客が求めるモンではありません。ヨソの店で一風変わった寿司を食べたからって、それを違う店で要求するのはズレてるでしょう、どう考えても。
それが食いたいならそれを出している店に行けば済む話でしょう。
Aというレストランのメニューを持ち、Bというレストランでそのメニューを求める行為の愚かさを悟らなきゃいけません。
グルメ雑誌で変な食い方が紹介されてたとしても、同じ。そんなモンがどこの店でも通用すると考えるのは子供の発想。
なしくずしに何でも言うことをきく板前も板前だが、要求するお客の感覚も正常とは言えません。
これがエスカレートして行けばどうなります?
江戸前寿司そのものがそのうちどっかに消えちゃう。
エビの天ぷらや、イカの唐揚げ、焼肉、そんなのを寿司に握れば美味いのは分かっている。だがそんなのは「内々」に食うもんであって江戸前のカウンターで食うもんじゃない。
そこらへんの「ケジメ」ってのをつけられない人間が増えてきましたねぇ。