包丁 【切れ味】の意味

  

本当の切れ味

長さで値段は変わってきますが、本焼の良い包丁は5~50万円ほどします。特注ですと100万円を超える場合もあります。



「これは玉鋼だけを鍛え、もちろん水焼き、しかも寒打ちだ」
そういって店の二番(板長)が見せてくれた包丁を、羨望の思いで食い入るように眺めたのはいったい何十年前でしょうか。

確か京都時代だと思いますが。そいつで包丁を動かさずに和紙を真っ二つに切るのを驚嘆しながら見たものです。

「俺もあんな包丁をいつか持ってみたい」

ガキでしたから、そう思ったもんです。

しかしそれから暫くして、『包丁の切れ味が本当は何であるか』を知る事になりました。

その店の親方はある有名な店で修行してたんですが、実にさまざまな包丁技法を持っていました。包丁ケースには見たことのない変わった包丁が沢山ありまして、興味深々でしたが、もちろん他人が勝手に覗けるものじゃありませんから、誰も詳しい事は知りません。

ある日、親方の大切なお客様が懐石を召し上がるというんで、すべての品を親方が全部造ったことがありましてね、盗み見をしようとおいらたちは気もそぞろでしたが、他に仕事もありますから中々見れなくてじれったい思いをしたもんです。

手の込んだ料理ばかりでしたが、意外だったのはデザート。
和歌山の三宝柑だかを、横から輪切りにして二つに切っただけのもの。

「なんだこりゃ」
そう思いましたが、気になって後で洗い場に行き、ゴミ箱を漁って食べかすのデザートをチェックしました。

蜜柑の実が入った薄い袋、そのカーブに合わせて全部の実に見事な包丁が入ってました。つまりね、外見は外皮を剥いていないただの柑橘類ですが、箸を付けると薄皮が綺麗に外れて果肉だけが手品のように取れるってわけです。

こんな事は普通の包丁では絶対に出来ません。三宝柑の果肉のカーブに合った形の包丁が必要です。

そんな包丁が売ってる訳ありません。

つまり自分で作った包丁なんですよ。

立派な果物は外見の姿を眺めてもらう為にそのまま出したいもんです。しかしお客さんが剥かなきゃいけないってのは料理ではないし、ましてや懐石とは言えません。

お客様の手を煩わせない、そのためだけに包丁を自作したんですな。

何十万もの高級な本焼包丁と、自作の果物包丁。

どちらの方が【切れ味が良い】とあなたは思いますか?