相出刃と先輩板前
板前修業やってますとね、自然に〈兄貴分〉ができます。 板前修業でなにより肝心なのは包丁技よりも「兄貴分」の選別にあるといってもいいでしょう。
どんな「アニキ」を慕うかで道は分かれるんですが、それはまた別の話。
尺二(36センチ)超えた本焼包丁を、指の先で「ペン回し」みたいにブン回し、その為でしょうか掌だけじゃなく二の腕にまで包丁傷が一杯あった昔堅気の職人。
それがおいらの兄貴の一人でして、包丁回しは料理とは関係無いにしても、どんなに真似しようとしても出来ない包丁技法を持っていました。
しかし何でなんでしょうかねぇ、そういった人に限ってヤクザな性質が先天的にあるんですよ。所謂「ロクデナシ」です。「飲む・打つ・買う」ですな。
内心「この人は一生独身で終わるだろう。なんとか落ち着いて欲しい」そう考えていましたが、なんたる幸運か、最近よい女性に巡り逢いまして、中年を越えてやっと家庭を持てることになり、喜んだおいらは彼等の実家の里まで出向きまして、ささやかな披露宴にて拙い真似事の「式包丁」を披露したほど嬉しかったです。
ところが新婚間もなく子宝に恵まれ、その僥倖においらが嫉妬するくらいに喜んでいる最中にですな、兄貴から一本の電話がありました。
「癌で入院した」ですよ。
「医者の不養生(不療養)」なんて言葉がありますがね、おいらはこう断言しましょう。
「料理人の不健康食」
この人はね、食材に関しての知識は群を抜いていたんですよ。それでいながら食うもんはメチャクチャ。
甘いもんが異様なくらいに好き。
洋食に目がない。
脂の多い肉が好き。
煙草がやめられない。
ガキ好みの賄しか食べない。
乳製品ばかり食う。
大酒飲み。
(*煙草に関しては百歳を越える長寿者に愛煙家が多い事実などいまだによく分からない部分があり異論も多いです。しかし血液を汚すのは確実かと思います)
これじゃ仕方ありません。
食の知識は有るんだから意見は無意味でして、ガン保険をすすめる以外ないわけです。
出向いて話を聞いてみると「三期目のガン」でした。末期の一歩手前です。 転移は無いみたいですが、時間の問題でしょう。
切れない箇所なので放射線で焼くしかない。おいらは抗がん剤や放射線治療じゃ癌は本質的に治らないと思います。
証明されてはいませんけども、癌の原因は食事でしょうね殆ど。ならば食事を断てばいい。
しかしこれを理解させるのは非常に困難なんですよ。まず医者が解っていない。
放射線治療は「体力が回復」する期間をはさみながら行いますが、食事しないとその回復の支障になるとしか考えない。
難しい話は避けますが、「自然治癒力」を信じてない人が多いからです。外部から力ずくで治すのが「医療」だと思い込んでしまってる。
古代人の平均寿命を下げているのは乳幼児の死亡率なんでしょうが、それを懸案しなければ「ガン死」があまりみられません。癌は負荷による細胞の突然変異で、いわば体内の悲鳴です。
遺伝的要因が言われますが、むしろ余計な物質を排泄する為に出来る自然現象だと考えた方が正しい気がします。だから古代人にも当然発生したでしょう。しかし外部から切除する方法は無いから、野生動物が病気を癒す方法で治していたはずです。
「餌を断って病気を回復させる」という方法です。
つまりね、動物の体内には病変を消滅させて復元する機構があり、そのスイッチを入れる方法は食断ちではないかと思うんですよ。特異細胞や病原体を標的にピンポイント攻撃をして破壊してしまう装置があるんです元々。それを現代人は使っていないし使い方が分からない。
食事で体力回復ってのは「癌を元気にする」だけなんじゃないか。
病気に餌を与える格好ですな。
そのような話を懇々と説いて、いくつかの断食医療施設を紹介しましたけども、おそらくは実行しませんでしょうね。人間には「常識」って重い鎧があり、それは簡単には脱げないからです。「体力をつけるには食事」この考え方は容易に変わりはしません。
乳飲み子の世話が大変な奥様にも面会してきましが、赤ん坊が可愛らしいが故にさらに暗澹とした胸中になってしまい、重い足取りで帰京しました。
人生というのは「明日」が全然見えないやっかいなモンです。
しかし、よるべない思索はあまり意味がありません。
おいら達は板前。だから板の前に立つしかない。
いつもは牛刀などステン系が多い仕込みの部分ですが、今日は兄さんから頂いた和包丁『相出刃包丁』を出してみました。
あの人の様に包丁が使える様になったのか、それを訊ねるべき相手はもうじき世を去っていくでしょう。