魚のしめ方
『活けじめ』は、魚のエラ蓋から包丁を入れて中骨を一気に断ち切ります。「延髄斬り」ってわけですね、例えるなら。脊椎は脊椎動物の急所ですから、ここを切断されると魚も即死します。
通常はここに包丁を入れて椎骨を断ち切ります
表面に傷を付けたくないなど、特別なケースでは裏から包丁することも
◇ヒラメの締め方◇
ヒラメの場合でも同じです
頭を左に向けてエラブタから包丁を差し込んで立てる
尾の方も骨まで切断(タイも同じ)
※この包丁は必須ではありませんが(ここを切らなくてもシメることができます)、血抜きが上手くいきます
この後放血させます。
完全に抜かないと身に血がまわり、使い物にならなくなる場合があります。ボール等に放水しながらその中で放血するとよいでしょう。水に血の色が混ざらなくなるのが仕上がりの目安です。
正確に骨を切断しないと、シメにならないし、魚が苦しむだけですんで、手際の良さが必要になるんです。それと魚が暴れるので注意しなきゃ危険です。
漁業関係者は河岸の万能道具『手カギ』でしめたりします。
※鯉を〆たり、鯛等を活き造りにする場合は、出刃包丁の背で強く眉間を叩いて気絶させてから捌きにかかるやり方もします。またイカやタコは目の間にある急所を刺して〆ます。
魚を活け締めにする理由
魚をシメるのは、簡単に言えば鮮度を保つためです。やや深く言うと、「身が生きている状態」を長持ちさせるため。
魚はあがった(死んだ)あと、数十分から数時間くらいで死後硬直が始まります。その次は「身に旨味が回ってくる段階」になります。このステージが肉で言うところの「熟成期」に相当します。そして四期になると「腐っていく段階」に入り、このステージの最後になってくると腐敗します。
締めて即死させると、この四期のうち一番最初の「死後硬直に入るまで」のステージを「極端に長くできる」のですよ。先延ばしできるわけです。
しかも、玉突きのように三期以降も先送りされますので、「全般的に鮮度を長く保てる」というわけです。
死んでから腐敗するまでのステージは、「どうやって死んだか」によって大きく変化します。死ぬときに苦しんで暴れた魚はATP(※下段で説明)の分解が早まるし、それ以前に内出血などで身がグズグズになっていたりします。そういうのは腐敗も早くなるのです。
釣りの経験がある方はよく分かるでしょうが、釣り上げて魚をそのままクーラーなどに入れておくと「あっという間に身が固く」なります。それこそクーラーに放り込んだ形のまま、彫刻のように固まるのです。
これは、魚が即死しなかったから「前の段階をすっ飛ばしてすぐに死後硬直に突入した」ということです。このような魚は後の段階も急速に短くなってしまうため、ヘタしたら家に着いた頃は「半分腐っていた」というケースさえあり得ます。
活け締めは主に「高級魚」にやるものですが、高級魚というのは殆どの場合は「刺身にして出せる魚」を意味します。そして、刺身の食感が最も良い状態は「身が活っている時」であり、つまり死後硬直に入る前の段階なんですね。このステージを長く保つために、活け締めにするのですよ。(正確には下の「新鮮な魚は美味いという誤解」で説明します)
〆ると同時に血を抜くのは、身肉に血が回るのを防ぎ、雑菌を繁殖させないためでもあります。これによっても新鮮さが長持ちするのです。
さらに、「死ぬまでの環境」でも異なってきます。
新鮮な魚は美味いという誤解
魚は生きていれば新鮮で美味しいというのは誤解です。水槽の魚は例外なく不味いもので、店の生簀はデモでしかなく、旨い魚を出す店は水槽の魚など使わないものです。水槽にいる時間が長いほど「抜け殻のような味」になってしまうからです。
料理屋にある水槽は、活魚の一時保管庫・貝類の一時保存用くらいの意味しかなく、その大きな目的は店のインテリア、ディスプレイですね。
食感と旨味の混同
上に書いたように魚は〆たてのプリプリした弾力のある状態が刺身には良いのですが、これには条件があります。極めて限られた一部の魚介を「洗い」などに造った場合のみという条件です。
鮮鮮魚(硬直前の段階の魚)は刺身に良い、だから活け締めにする。これはこれで間違いではありません。
ただし、それが美味しいかどうかは別問題です。なぜなら魚の旨味は死後硬直の後、数時間後にしか出ないからです。魚にも、獣肉よりは短いものの「熟成」が必要なのです。
「ピチピチした」と表現されることが多い鮮鮮魚の、プリプリした食感は、「口当たりの楽しさ」であって、旨味ではありません。それは、旨味が回った同じ魚と食べ比べてみればすぐに理解できます。
味覚には「さわり」つまり口当たりも含まれていますから、間違いとはいえないものの、生け簀から出してすぐに捌いた刺身を「美味しい」と喜ぶのは少し違うんじゃないかと思いますよ。雰囲気などもあって美味いと感ずるのでしょうが、アレが美味いわけがありません。
まあアジ科の一部の魚やイシダイの幼魚、活イカ・タコ・貝柱・車エビなど、「その状態でも美味しい」という例外はありますけどね。
こうした例外的なものでも、やはり〆たばかりを刺身に切ると甘味より臭みが勝ります。この臭みは身の表面にありますので、これを洗い落とすと、旨味が勝る。これを利用したお造りが「洗い」です。
しかし、これらは「味わう」という目的とは違う楽しみ方だと言えましょう。どちらにしても身に旨味が回るのは「死後硬直後」です。そこからしか魚の本当の持ち味は出ません。
活〆は魚の臭みを排出させて熟成に進む(させる)プロセスを巧みに行う為に必要な手順の一部。そんな考え方もできるのです。
大型魚の〆方
ちなみに、大物釣り師の方は、人間の体重、あるいはそれ以上の大型魚を仕留める事もあるでしょうから、その大型魚のシメ方も書いておきます。
急所は神経の収束する眉間です。
狙いは結局脊椎線なわけで、エラ蓋から庖丁する上のヤツと同じコトなんですが、大型魚の場合、上のやり方では刃が立たないので無理です。
サスというか、鋭いキリ状の道具(重厚なしっかりした道具でなきゃいけません。漁業関係者は漁協を通じて専用道具もありますが、一般の方ならホームセンターが早いでしょう。建築工具売り場などで意外と適した道具が見つかります)
その道具で、ハタ系、アジ科の大物、カジキ、マグロ、その他の大物の、眉間から刺し貫いて脊髄線まで通し、神経を破壊して即死させます。
マグロの例ですが、狙う箇所は同じです。
このあと、大出刃でエラブタから包丁して脊椎を切り、ロープで尾から吊るしておけば血抜きも完璧です。
魚の神経抜き
必ずしもこれをやる必要はありませんが、※下段参照
生きた魚をしめた後に、延髄にそって走る神経を抜くと、身の保ちが良くなると言われています。
金串(丸)などを利用して脊髄に差し込むとよいです。
活け締めのコロシを入れた部分(切り目)から中骨にそって金属を挿し入れ
奥まで押し込みます
※これは参考画像として撮ったものです。ヒラメなどはこの神経破壊をしない方が良いです。
脊椎骨にある神経穴に針金を通して神経を潰すのは、「脊髄だけを切断しても死んだ後に脊髄神経が暴れて身が痙攣する現象」をおさえるためです。
この現象が起きるのはマグロなどの大型魚であると分かっています。したがってヒラメやタイ等、中・小型魚にこれをやる意味はありません(僅かな暴れは起きますが、これは保存方法で解決)。経験的に身持ちが良くなるどころか、逆に身がゆるくなるのを早める結果になると思っています。
【K値】魚の鮮度とは 塩水処理のさいに加える「鮮度保持剤」とか低温保存の技術向上などにより、昨今は外見上から魚の鮮度を見分けるのが難しくなっています。そこで専門家は「K値」という数値で鮮度を見分ける方法を用いる場合があります。 魚の筋肉中には ATP(アデノシン三リン酸)というエネルギーを発生する物質があり、この物質は魚が死んで死後硬直の段階あたりになると、旨味成分であるIMP(イノシン酸)に変化します。 しかしそのピークを過ぎると、旨味成分は消えてただのイノシンとかヒポキサンチンなどになっていきます。これがつまり鮮度低下なのです。 このATPの分解過程を数値にしたものが「K値」です。 K値が80%以上ならば、もう食べられない腐敗状態 20%から下なら、刺身でも文句なし 60%以上であれば加熱調理用 一般的に店頭で売られている魚は20%~50%程度になります。 |