マグロが刺身になるまで~鮪歴史と鮪漁

  

マグロ刺身(1)鮪歴史と鮪漁

トロの人気はもはや国民的。
「まぐろって何ですか?」ってな日本人は、おそらく一人もいねぇんじゃないでしょうか。寿司屋に行ってマグロ食わない人はあまりいませんしね。つまり寿司屋の看板だ。



加熱調理だって何でも出来ますけども、なんたって刺身ですよね鮪は。おいらの好みはトロよりも画像の赤身(ヅケ)です。

こうやって口に入るのが最終段階ですけど、こうなる以前、マグロってのはどうなっているんでしょうか?
こうして刺身になる前を、少し詳しく見ていきましょうね。マグロの捕獲から流通、良いマグロの買い方、刺身の切り方までを、順を追って説明して行きます。

(1)まぐろ刺身の歴史

貝塚から鮪の骨が出土してますから、縄文時代から食べられていたようです。縄文人たちは丸木舟でかなり沖合いまで出漁していた様ですが、30㎏以下の若魚マグロならともかく、成魚を釣るのはかなり困難というか不可能に近かったのではないでしょうか。船全体の総重量より、マグロの方がかなり重いですからね。後期に入って船団を組むなど漁労技術が発達するまでは、鰹などに混ざって釣れるマグロの稚魚を食べていたと想像します。当然ですが、縄文漁師達はこれを生食したと思います。つまり刺身。

後になって書かれた「延喜式」や、日本料理として形になっていった本膳料理や懐石料理などから、鮪はあまり上等な物としては扱われていなかった様が分かります。元々これらの料理型式が出来上がったのは、大体仏教が浸透した歴史と重なりますので、精進料理の影響がありますから、刺身自体が特殊な品でした。刺身でも白身系が上物とされ、それも鱠にする事が多く、鮪などは鯨と同等の珍品扱いであったのでしょう。少なくとも漁地から離れた内陸では、鮪刺身と縁が薄かったと考えられます。

しかし江戸時代に入りますと事情は一変します。
この頃には漁の技術もかなり進化していましたから、群れで回遊してくる鮪は大量に獲れるようになります。しかも100貫を超す巨体で肉が大量に取れます。とても食べきれませんので、腐ってしまうほど。そこで腐らせない為に身を醤油漬けにして長持ちさせる様になりました。これが「ヅケ」です。しかし、脂身、つまり「トロ」は脂っ気が邪魔して醤油をはじいちゃう、つまり「ヅケ」になりませんので、「捨てて」いました。あまり脂の強いのは「下等」で「下賤」だっていう日本文化特有の思考もありましたからね。「品がねぇ」って訳です。この状況は冷蔵、冷凍の技術が普及する昭和初期まで続きます。

今から二百年くらい前の天保年間、マグロの豊漁が続き、江戸に大量のマグロが出回り、だぶつきました。値が下落したんですね。日本橋は馬喰町の『恵比寿すし』って名のすし屋台店がね、「こんだけマグロがお安くなってんだ。ちょいと握りにしてみるかい」ってな寸法で、試しに寿司にしてみたんですよ。これが意外に美味かった。たちまち江戸っ子の人気をさらい、「まぐろのすし」が定着した。そんな話が伝わっています。明治になる頃には「マグロなしじゃ寿司屋の看板出せない」って今と同じ言葉が定着していました。

今の河岸ではね、本マグロ(インドも)の良い部分ってのは脂のある腹一丁、それをブロックにした「腹上」でして、高級店に一番良いブロックを卸すのが仲買商の暗黙の了解事項なんですよ。
それが明治・大正の頃は逆で、赤身を高級店、値打の無い脂身(トロ)は屋台店なんかに売ってたんです。その頃はね、料理屋の収入の多くは出前だったもんですから、同じマグロでも色の変わらないキハダとか、マグロじゃありませんが、マカジキとかが貴重だったんです。(カジキマグロって意味不明の語は、このへんからできたんでしょう)脂身なんて問題外だった訳です。

「赤身なしじゃ寿司屋の看板出せない」から、「トロなしじゃ寿司屋の看板出せない」に、なったきっかけですが、昭和の初期に「こんなのを握ってもいいのかなぁ、でも安いから」ってな感じで低料金寿司屋台店で出していたトロをね、三井か三菱だか住友だかの商社マンが食って、美味さに感動して広まっていったなんて話があります。しかし現実的には、冷蔵・冷凍・運搬の流通事情の進歩でしょうね。現在マグロの元締めって言うか、動かしてるのは商社ですから、面白い話っていえば面白いんですが。

(2)マグロ漁とマグロの血抜き

マグロ漁は巻き網という網漁もありますが、主流は延縄です。後で理由を書きますが、網漁のマグロはかなり品質が落ちる可能性が高いです。だから延縄か一本釣りがマグロ漁に適しています。
マグロ延縄漁法

マグロ漁とまぐろ船

おいらは若い時にハワイ沖で操業してるマグロ延縄遠洋漁船に乗船させてもらった経験があります。マウイ島まで飛び、そこで寄航したマグロ船に拾ってもらい、三週間くらい漁師さんに混じって漁を経験させてもらいました。ある調理団体を通して漁協に頼み込んでいたのが叶ったって訳です。マグロ船に乗らない限り、生きた大マグロに包丁入れる機会なんてありませんからね。どうしても生きているマグロを捌いてみたかったんですよ。おいらはまだガキみたいに若かかった事もありまして、短時間ですが荒くれの漁師さん達に可愛がってもらいました。九州の漁師さん達です。

一言でいえば、半端じゃない仕事です。
朝の四時、船のトモ(後)から100kmを超える幹縄に、千を超す枝縄に餌の冷凍スルメやサバを付け、ビン玉(ガラスのブイ)を合間に入れ、数時間かけて流し、最後にラジオブイを付けて流しきります。それから船のエンジンを止め仮眠。 昼過ぎに叩き起こされて、操業開始です。

ラジオブイの電波を頼りに、ブイを拾い、前方にある低い甲板で巻き上げ開始。幹縄をローラー状の回転器で、凄い速さで回収して行きます。なにしろ150km近くの縄を上げなきゃ終わらないから、すごい殺気ですよ。

一人が回転器を担当しますが、これは命がけです。縄は海の中だから見えない、それを時速何十キロって速さで自分の方に巻いてるんですから。左手にブレーキを持ち、右手で縄の張りを確かめながらどんどん巻いて行きます。何が危険かって、テグスのワイヤーとその先にある釣り針です。一瞬気づくのが遅れたら、その人に向かってぶっ飛んで来るんですよ。ブレーキ押した時はデカイ針が顔や腕に刺さったり、ワイヤーで指を切断されたりって事になります。気が抜けない作業です。もしビン玉が顔面直撃したら死にますよ。

それにね。海の中がどうなってるのか全然分からない。
馬鹿みたいに長い縄と千本あまりのテグス。しかもエサ付き。海の動物はマグロだけじゃないし、マグロが掛かってると、シャチやサメがそれに喰いついたりする。メチャメチャになってしまいまして、こんがらがって船上に上がってくる場合が多いんですよ。これを解いてきれいにしなきゃいけないから大変です。へたしたら終わるまで十数時間かかり寝れない。

回転器担当はフックで幹縄に掛けてあるヨマ(枝縄・サルカンでテグスにつないで先は釣針。つまり釣り糸です)を、フックを外して手前に待機してる二人くらいの人に渡します。何も掛かってなければそのまま翌日にまた流しやすい様に巻いておくんですが、マグロが掛かっていたら周りで待機してる数人が駆け寄ってきて、綱引き開始です。

相手は人間の何倍もある大物、ヘタに枝縄を手首に巻いたりしたら、一発で海に持って行かれちゃいます。引っ張られても危険の無い持ち方をしなきゃいけません。二重にはめた軍手はたった数時間でボロボロになります。その作業をすべて見渡せる位置にブリッジがありまして、そこで船頭さんか船長が獲物の動きに合わせて船を操船します。マグロの抵抗が弱まってきたら三人ほどで一気に枝縄を引き上げます。

マグロの姿が海面に見えてきたらモリを打ち込みまして、長い竿の先にあるフックをマグロの頭部に打ち(日本人ベテラン漁師は絶対身にフックを打ちません。価値が下落しますから。打つのは頭部)、エイヤッと船上にマグロを引き上げます。100キロ超えてますから2~3人じゃなきゃ甲板に上がらない。

マグロはこうやって持ち運びします。(80㎏以上は無理)

マグロの〆と血抜き

甲板にあげたマグロはシメますが、このシメ方がマグロの品質を左右するんです。ベテランの日本漁師が乗ったマグロ船のマグロ評価が高いのも実はこれが大きい。まず頭の中心部分に正確に鋭いサスを打ち込みます。

これで神経を破壊して即死させると同時に血抜き穴にもします。小型の魚はこちらの様に、カマから包丁して中骨ごと神経を破壊して血抜きできますが、マグロの巨体では無理ですからこうします。
魚のシメ方

次に大包丁でエラブタの手前を三日月状に切り取りまして、腹も縦に切り開き、エラと内臓を出し、尾を根元から切り落とし、そこに縄を刺し通して輪にします。その輪をウインチの先に掛けて頭を下にして吊るし、重量を計ると同時に血を抜きます。

これは水揚げ風景。エラブタの切り込みを確認して下さい。

血抜きが済んだ鮪はマイナス50~60度の超低温で凍らせます。
下手な生魚よりも、こんなふうに迅速に処理して固めた魚のほうが新鮮だって意味の事をこのブログにもよく書いているんですが、こうした現場を見てきた経験もあるんです。冷凍は確かに細胞を破壊しますが、生だってシメないで乱暴に扱われた魚はそれ以下ですよ。網漁の魚を信頼できないのはその辺ですね。

マグロの巨体を考えて下さい。せまい網に追い込まれたマグロは必死で暴れて、仲間同士ぶつかり合います。小型の車同士衝突しあってるのと変わりません。内出血もしますわな。それにまとめて船上に上げるから、処理も荒くなる。魚はね、この「処理・シメ方」で値打ちが上下するんですよ。

上で紹介したのは、船上で凍結させる冷凍マグロで、生で河岸に出すマグロはカマを残して内臓を抜いてあります。

尾の部分を切って載せているのは、マグロの良し悪しを仲買が判断しやすいようにするためです。高価な魚ですからもし身質がロクでもなかったら買った店は大損しますから、尾の切り口の身で、脂の具合や身質全体をはかる訳です。この目利きには年季が要ります。

大間の一本釣りがよくテレビで紹介されたりしますが、あれもそうですね。100キロを大きく超えると数百万円の値になります。希少品なのは分かりますが、やはり異常だという気がします。

マグロ漁の思い出

現在マグロ漁は国際化してますから、腕の良い船頭は外国企業に高い給料でヘッドハントされるそうです。マグロの値打ちが、漁師の腕にかかってる事が分かってもきたんでしょう。(漁船では船長より船頭[漁労長]が偉い)

少し前は台湾船、最近は中国船がルールを無視した無茶な漁法で、マグロを追っている様子ですが、当然扱いも乱暴で、そういったマグロが、どんな身になるのか次回以降で詳しく紹介します。

その後、原油高騰などで「油代」が負担になり過ぎたり、船の冷凍庫を満タンにするほど釣れなくなったりで、お世話になったマグロ船の会社も消えました。

寝る時間もろくに無いハードな仕事ですが、漁が無い日はお休みです。(シャチ等の姿が多かったり、魚影が無ければ休みです)

休みの日にはエンジンを止めて流してるんですがね、枝縄にエサつけて手釣りで、大物狙って遊ぶんですよ。サメ狙いです。要するに近海のマグロ釣りと同じく「一本釣り」ですよ。その頃はまだまだ魚影が濃い時代でしたから、面白いぐらい大物が掛かりました。

二メートルくらいのサメを一人で釣り上げて、出刃包丁でシメる。両のヒレを両足で踏んでサメにまたがるんです。そして延髄を狙って出刃を振り下ろす。間違ってサメの腹を上に向けたりしたらカミソリみたいな歯で喰われちゃいます(笑)
それを賄いメシにする。ヒレは干しておけば小遣いになります。漁港で中華用に業者が買い取ってくれますから。

それに、凄く長いメカジキのツノをサメの皮で磨きこんでピカピカにし、彫刻刀で銘や絵柄を彫って置物用にしたり、ホオジロザメ(あのジョーズのサメ。これだけは漁師も素手で触りませんでした、たとえ甲板に上げても、不用意に近づいたら足が無くなるからです。ウインチで上げます)の頭蓋骨を鋭い歯付きで、骨だけ剥製にしたりとかしました。

ボースン(甲板長)とコック長が作ったマグロの刺身とか、味噌汁とか、他の魚もですけど、ともかく旨かったです。このとき初めて魚の本当の美味しさを教えてもらった気がして、今でも感謝しているんですよ。一生忘れられない懐かしい思い出です。

さて、長くなってしまいました。次回でマグロの解体から切り出しとかを紹介していきましょう。



tuna① マグロの種類
tuna② 鮪の歴史とまぐろ漁
tuna③ マグロの解体と流通
tuna④ マグロ刺身の選び方
tuna⑤ カジキは梶木、マグロは鮪
tuna⑥ 大間の生マグロ
マグロのおろし方
マグロ刺身の切り方

※記事内のマグロ画像
画像元詳細は下記のページにございます。
おすすめのマグロ専門店一覧