幸せの料理
「食べるって行為は人間を幸せにする」
長いこと食べ物作る仕事してながら、今更こんな事言ってたら「そろそろボケが始まったのか魚山人」なんて思われそうですけども。あらためてしみじみそう思うんですよ。
いつまでも若い気でイキがっちゃ来ましたけども、気がつきゃもう中年。
人生は早い。
まだまだ行ってみたい地方や見てみたい自然もいっぱいある。
まだまだ作ってみたい料理や、そして食いたい料理も沢山ある。
そしてまだまだ恋をしてみたい、いや、こいつは訂正いたしやす(汗
もう一度かみさんと再度熱々の恋をしてみたい(~_~;)
いくらナイショブログっても、やっぱりかみさん裏切れませんなぁ~
気が弱いからってんじゃなく、やはり惚れてるんすかねまだ。
ぶっちゃけ話でも昔の事ならわりとスラスラ書けますね。
おいらはけっこうロマンス(←この言い方自体がすでにどうなんだって話(笑)
が多いほうだったと思います。
なにしろ熱いタイプでして。(←)
20代の前半でしたかね、茶道と華道を習いに教室に通ったことがあるんです。
「盛り付けはママゴトじゃねえんだ!花でも習ってきやがれこのトウヘンボク!」
なんて事をクソうるせぇ親方に言われましてね。週一かニくらいの感じで、おば様やおねぇ様に混じって花活けたり、茶をたてたりしてたんすよ。
そしたら先生っていうか師匠とできちゃった(笑
八つばかり年上でしてね、日本画から飛び出してきたような妖艶な先生。
綺麗なうえにしかも独身ときちゃ、おちおち花なんぞ切ってられませんや。
店に帰っても家で寝る時も頭の中にはドーンと先生の顔。
で、気が変になりそうだったんで、三回目の授業の後思い切って映画に誘いました。
そしたらなんでかOKもらっちゃいまして、信じられない気持ちで当日の段取りを始めました。映画の後の高級レストラン、カクテル一杯が三千円もしやがる高層ホテルのバー。身分不相応もいいとこですが、仕方ありませんよ、相手は日本画だもの。
世の中段取り通りにはいかないもんです。
経過は端折りますが、なぜか一杯500円のラーメンを食った後、薄汚ぇ飲み屋の片隅でバクダン飲んで、ギコギコ喧しいチャリで駅まで送りました。
結果的にこれが良かったみたいです。
後で考えたらね、背伸びして高級な店に行き、車で送っていたら、多分その日限りで終わっていたと思うんですよ。
「電話頂戴ね」
そうは言われなかったと確信してます。
この話をみると、最初はおいらが一方的に惚れて、相手はそうでもなかったことが分かります。
じゃあ相手もおいらに惚れてくれたのは何時からか。
これははっきり憶えています。
ある日電話をもらいました、
「仕事終わったら遊びに来る?」
「良いワインがあるから何か手料理をお願いします」
おいら、
「必ず行く」
ところがその日に限ってローテーションであがりが遅く、電車もバスも無い。
しかも都合で足が何も無い。
そんな事情で断るべきでしたが、断るなんて問題外。
先生の自宅までおよそ25キロ。
おいらは走って行きました。
途中で雨が降り始め、ずぶ濡れ。
着いたのは夜中の3時でした。
当然と言いますか、電気は消えていました。
先生の家は昔風の平屋の一軒屋でしてね。
木塀の内側には砂利が敷き詰めてありました。玄関の右手に寝室の窓が見えます。
玄関先に突っ立つようにしながら、おいらは15分くらいどうするか考えていました。寝てるし、扉を叩く事は出来ませんからね。
それに肝心の料理はもう水びたしで駄目。食べられません。
雨はひどくなり靴から下着までびちょ濡れです。
考えた末帰る事に決め、最後に足音を殺して寝室の窓の下まで行き、口の中で小さく「帰るよ、ごめんね」
そいで踏ん切りつけて、トボトボ引き返しました。
「着くのは夜明けだなぁ。明日は早出だよ、変なローテーション組みやがって」
なんて事を考えながら、バケツをあけたみたいな雨脚で異世界の様になった街並みを肩を落としながら歩いていました。
そしたら急に後から肩口を引っ張られました。
吃驚したおいらは反射的にぶん殴る態勢になり振り向きました。
背後に手に持った傘も差さずに、豪雨に打たれた彼女が立っていました。
滝のような雨で足音や気配が完全に消えていたんですよ。
振り上げた拳の事も忘れ、明け方近くの薄闇で雨に濡れた彼女の髪が何故か光っているのが美しく、こんな綺麗な女性がこの世にいるのかなんて呆けた様にそして時間が止まった様に感じ、いっそ今この瞬間で時間が止まればいい。
そんな考えが頭をよぎったと思います。
「気配がしたから」
おそらく起きていたんでしょう。
そう言う彼女においらは経過を説明し、
「遅くなってごめん」
先生はまるで睨む様に、おいらの顔を穴が開くほど見つめ続けていました。
携帯電話が普及した今じゃ考えられない話ですけども、
【あつい熱は真っ直ぐなら必ず伝わる】
これは今の時代も全然変わりないと信じています。
まぁ【真っ直ぐ】じゃなきゃ「ストーカー」になってしまいますけどね。
暫く後で聞いてみたんですよ、なんで【日本画】みたいなお方が若造の包丁人なんぞを好いてくれたのかを。
お師匠はこう言いました。
「私は食べてる時が一番幸せ」
「それを毎日作ってる貴方は幸せを運ぶ人だから」
「いつか貴方雨の日に運んでくれたでしょ。美味しいお料理と・・・」
照れちまったおいらは何も返事できませんでしたが、内心はこう思っていました。
「何で?おいらは何もお土産持って行かなかったはず」
まだまだガキだったんですなぁ。