板前が想う「食の安全」
食品業界の不祥事が続きますなぁ。おいらがブログ開始して1年チョイですが、その間にも、もう記憶出来ないくらい多くの問題が露見してます。
あれやこれやって感じ。
それで今回の騒動ですが、
「吉兆」という名は、一般の方には理解できないくらい和食板前にゃ重いですよ。そのグループのひとつにすぎないとはいえ、暖簾に吉兆の名前が入った会社ですね今回の騒動は。誰でもそうですが、おいらも若い時代には尊敬してましたよ「吉兆」の素晴らしい仕事を。企業化があまりにも進み過ぎたなぁ、そんな感があります。
大企業ってのは、グループのひとつが不始末をしても、親企業は何事もなかった様な顔するのが慣例というか普通の事ですが、吉兆のカンバンのデカさはある種特別でして、和食業界全体を代表してる部分もあり、果たして波紋はどうなのか、推移を見たいですな。
「まさかあの吉兆が・・」という感想を持たれる方が多いでしょう。それが「あそこすらそうなら、じゃあ他のお店はどうなの?」って事になるからですわ。
昔から日本料理のある部分に懐疑的な気持ちがありまして、それを書いてる訳です。特に砂糖の使い方に非常に疑問を持ってます。それに関連した騒ぎの様な気がするんです。
「何で大騒ぎになってるんだろう」業界の一部の人間の感性はこのくらいのセンスかも知れないですね。裏返せば「日常」なんですよ、あんな事は。どこでも多少やってるでしょうし、悪いことしてる意識はおそらく無い。
ある意味当然じゃないですか?
企業だもの。
売る物は「商品」ですよ。利益出す為に砂糖まみれにして日持ちをよくして何が悪い?期限過ぎても悪くならないし安全なんだようちの「商品」は。
これが現状でしょうな。
商品、商品で「食べ物」って意識が飛んでますね、どこかに。
歯科大学の研究によればね、若い層に「苦い物嫌い」が増えているそうです。つまり甘い物好きって事。物心が付く時分に親が甘い物を与えるのが原因らしい。
せっかく一時期「甘嫌い 渋い食べ物好き」の様子だったのに、いつの間にかまた60~70年代に逆戻りですわ。「塩ブーム」も終わり。何が「ブーム」なんだか。
もう麻痺した日本人の舌は元に戻らないな、ついでにモラルも戻らない。そんな感じがします。なにやら厭世観がますます強まる昨今です。
この種の話を書くときにおいらが想うのはね、現場で働く人達の気の毒さなんですよ。極論ですが、企業というのは現場の人間をロボットだと考えてます。
あるいは機械に置換えれるものならそうしたい。それが経営側の本音です。まだまだ機械には人間の真似が出来ないからそれは無理です。それであらゆる屁理屈をこねて現場を締めてくるんですな。がんじがらめって感じで。
そうなると品質などに拘る従業員は邪魔にしかならない。効率が一番大切って空気になり、意識までが機械化しちゃう。
今まさしく食品業界もそうなってますね。
効率化を追求すれば「穴」ができます。人間ですからね。
その「穴」が頻繁に噴出する「食の安全問題」って訳です。
早い話がハッパをかけられすぎなんですよ最近の現場は。
実際の現場作業を知らない、あるいは現場あがりでよく知っていても苦労を忘れてる、そんな経営側に効率ばかりをあおられるモノ作り達。「こだわり」も「ほこり」も無くなるし、ついでに「品質」と「安全」もなくなるってことです。
あるチェーンで店長として働いてる板前仲間がいますが、そいつは一日15時間くらい拘束されてヘトヘトです。労働条件の悪さに従業員が居つかなくて、職人もホールスタッフもいつも不足。
それでも週末は満席になりますから、もう大変。人手不足の無理で、お客さんへの対応も悪くなるし、料理の質まで落ちる一方。そんなのはじきに客数が減るに決まってます。それでも会社上層部は分からんのですな、現場の大事さを。
ただ売り上げの数字のみを気にするだけです。何故売り上げが減るのか本質的な部分に気づかない、又は気づいても見ないふりするんですよ。
それはね、従業員がロボットであって欲しいって願望と、生きてる人間を混同する妄想が始まってるからなんです。現場サイドをもう人間として見てないんですよ、そんな連中ってのは。
これに執り付かれた経営側が増えた会社は、いつか必ず傾きます。
とは言え、そんなのばかりがやたら増えてるご時勢ではありますねえ。
名ばかり管理職と飼い殺し
もうここまで来ると言葉が出ませんなぁ。
船場吉兆の醜聞ですよ。
もう何十年前か分かりませんが食べに行ったことがあり、その仕事ぶりには感動したもんですけどねぇ。
「お客様第一」ってのが全ての料理にあったからこそ、名店の名をほしいままにしてたんですよあそこは。
ニュースを見ますと料理人が「恥ずかしくて言えなかった」
「ん~さもありなん」とか思いつつ、この先のキャリアが気になったりしました。
「船場吉兆で修行してました」そう言える栄光を奪われたとも言えますからね。
結局は企業体質の問題なんすよ。
「やってらんねぇや、あがるぜ俺は」って親方(料理長)が言えば、板場総上がりになるって時代ではありませんから、板前にゃ責任ないでしょう。気の毒ですよ。
店は板前の事などまったく考えていないって証明ですわ。
あの店だけじゃなく、そんな店だらけです今は。
使い捨てを表明
すぐに連想したのは「名ばかり管理職」の問題です。
コンビニとか外食大手の酷い実態ですよ。
あまりのメチャクチャぶりに憤りを覚えずにはおれませんな。
労基は何やってやがる!って言いたくなりますが、彼等だって小さな権限しか与えられてないのでしょう。結局上が本腰入れなきゃたいした事は出来ない。
いつぞやTVで放送してましたが、「人殺し」ですよありゃ。
真面目な人柄だと体壊すか死ぬまで辞表は出さないでしょうよ。
その真面目さにつけこんで金払わず働かす。
そうまでして企業を大きくしなけりゃなんない理由ってのは何です?
店長が正当な残業代を求めたマック裁判、当たり前ですが負けましたな企業側。
しかし呆れたのはすぐに控訴した事。
「人間使い捨て宣言」をしたと言ってもいい。
もうマックに行く気にゃなりませんな。
(行ったことはありませんが(笑)
挽かれてるのは「肉」なのか?
ひき肉騒動。
あきれて笑ってしめいましたが、現実社会の暗渠の深さに想いがいたり、笑いはすぐに鬱な思索へと変わりました。尊厳の無い食品会社。
そこからの告発に対応しなかった役所。モラルって言葉を出す前に、利益優先社会の底知れない根っこの深さを思わずにはいられません。
「真面目にやってる所まで同じ目で見られる」 危惧
「氷山の一角」 拭いきれない疑念
誰にとってもマイナスにしかならない嫌な話です。
最近テレビを観ていますと、憂鬱になる話題ばかりで暫らく見ていませんでした。ちょいとニュースをつけてみますとこの話題。
肉がミンチになってるんじゃなく、何か「大切なもの」が粉々に挽かれてる。
おいらの目からはそんなふうにも見えたりします。
船場吉兆はスゴいですね。
まさに人間使い捨て宣言・・・。
店なり企業なりは、お客様・従業員・取引先と家族などそこに関わるすべての人を幸せにするための場所であると思いますが、実際には本当に人殺しですね。
心優しい人の真面目さに付込んで払うものも払わずに使い捨てるのは今の多くの外食や小売に見られる傾向そのものですね。
人を使い捨てても会社を大きくしなければならない理由とは、単純に経営者の功名心と強欲だと思います。
船場吉兆ですが、創業者湯木貞一さんの「料理屋と屏風は広げすぎると倒れる」という言葉が現実になりつつありますね。
私は船場吉兆が2代目であることにも注目しています。
初代の創業者は何もない状態からお店を起こし、人を育て、経営しますね。お店を経営するには経理や財務も大切ですが、結局は人ですし、人を苦心して育てて定着させることにもっとも神経を使うと思うのです。こういう言葉にならない部分を2代目はわからず、料理屋がだめになっていくケースを見たことがあります。初代が優秀なスタッフを育てたところで、その優秀な人間とどのように接するかは、2代目経営者の問題なのですよね。
船場吉兆の従業員さん、だいぶ勇気を出して声を上げられたと思います。
当初の経営者側の「従業員がやった・・・」という発言にキレてしまったのではないかと拝見しています。
声を上げざるを得なかったその心中は察するに余りあります。
声を上げることで予想される不利益というものもあるわけですし。
私もマックは使いません。
普段から使いませんけれど。
Posted by ポコ at 2008年05月11日 09:41
こんばんは、ポコさん。
まさしく「すべては人なり」ですよ。
人を育てて来たから日本は経済大国と呼ばれる立場になったんです。
ところがバブル前後あたりから企業側は放棄してますな。
金に金を生ませる錬金術を目の当たりにして、プッツンしちまったんでしょう。
あきらかに従業員を「ロボット」扱いしてますし、血の通った人間同士のつながりなどはもうありません。
真面目な人間は損をするって世の中が来てるんですよ。
こんな世じゃぁ誰もまともに育ちませんな。
心の時代に戻って欲しい。
荒みきったケモノの世の中になってしまう前に。
間に合いますかどうか。
Posted by 魚山人 at 2008年05月11日 22:17