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店をたたむ板前

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師走の暗い川面

ここ暫く、友人の残務整理みたいな事を少し手伝っていました。
5年ほど続けていた商売をたたんじまったからです。


半年ほど前から、「傷口広げる前に、余裕持って閉めたほうが良い」と、そう勧めていたんですが、今まで引き伸ばしていたのは、従業員のその後をしっかりみきわめる気持ちがあったからです。

自分ところの従業員の事などまったく眼中になく、会社の私物化しか考えていない経営者ばかりの昨今、責任感のある立派な男です。

なんでこんな男の店が・・残念ですが世の中、義侠心の強い男が商売も強いとはいかないって、そういうことなんでしょうかねぇ。

なにはともあれ、懸案の従業員達の落ち着き先も決まり、納入関係業者に負債を残し迷惑掛けることもなしに、どうやら丸く収まりそうで安心しました。


できる事なら正月を明けさせてやりたかったのですが、師走には関連業者も資金繰りに追われます。年末倒産が多いのはそのせいもありますね。

この男は板前修業の同期です。
板前のトップは料理長ですが、その下に位置するのが「二番」って言うんですよ。

洋食のセコンドと同じでシェフの補佐役。煮方のチーフで要するに厨房の現場監督です。オヤジ(料理長)を除けば板前のヘッドです。

彼は同期の中で一番早くこの「二番」になった男です。つまり仕事が非常に出来たという訳です。寝る時間を惜しんで勉強してましたから、ある意味当然としても、早い昇進に皆驚いたものです。

男気があり、面倒見が良く、穏やかな性格でしたので、誰も妬みはしませんでした。腕は言うまでも無いですしね。

そのくらいの男ですから、店をたたんでも先行きの心配はまったくありません。まだ若いし、若くないとしても、こういう職人が就職に困ることはまず無いです。

逆に給料取りになった方が生活は安定して奥さんは助かると思います。

けどね、その話になるとそいつ暗い顔するんですよ。
ツラに書いてあるんです、
「俺は職人で、サラリーマンじゃない」って。

なら再起をはかれば良いだろう、そう言いたくなるんですが、職人としての仕事と両立させて行くのが厳しい「経営」というものにさんざん苦労させられて、心が萎れてしまってもいるわけですよ。

つまり、今はかける言葉は何も無いし、かけない方がいい。
「何かあれば電話しろよ」
それだけしか言えません。

師走の冷たい風の中、暗い街路を急ぎ足で歩きながら、ふと、
「もし自分があいつの立場なら・・・・」
そう想像してみました。

何も無い修行時代なら、女房とふたり、どんな試練が起きようと気楽に頑張って切り抜けられただろう、しかし今は?

もし仮に倒産でもしたら、あの時代の様な気持ちになれるんだろうか?

それは無理な気がする。今のおいらなら、そうなったら女房と別れちまうかもしれない。

仮定に仮定を重ねてみても仕方ねぇじゃないか、馬鹿だなおぃら。

そう自分を嗤いながら女房が待つ家に足を速めました。

しかし急げば余計に距離感が増し、いっこうに家路への距離が縮まらない気がするのが冷たい冬の夜道。

気が付いてみると何故か、川がよく見える高層のバーで、バーボンのグラスを握って暗い隅田川を睨んでる自分でした。

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