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板前さんのブログ中毒日記

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板前さんのブログ中毒日記(2)

たまにはぶっちゃけ。ブログは疲れます

かといって敗北撤退宣言ではありません(笑
2006年の夏からブログを始めましたので、やがてブログ歴も2年になろうとしています。少しはスキルが身に付いたかと言えば、もう諦めてます。無理ですな。中年から始めたPCといえど、理系の素地がある方ならともかく、おいらの脳ミソは魚とドッコイドッコイでござんしてね。入ってませんカラカラです。

努力しなかったわけじありませんよ。
シャカリキでやりました。その結果としてもうじき50万HITを超えますし、『板前』というワードでグーグルでもヤフーでも必ずトップページに入る様になってます。YAHOOは2,870,000件で1位です。周囲はほとんど企業のHP、プロが作ったWebサイトばかりで個人ブログはあまり見当たりません。
(本サイト てまえ、板前、男前)
だけど一寸先は闇ですがね。

魚程度の脳ミソしかない人間がズブの素人から始め、勘だけで運営してきたにしちゃ、まずまず満足すべきかもしれません。日に1000アクセス超えるってのを当初は想定してませんでしたから余計にそう思います。

想定してなかったことがもう一つあります。
めちゃくちゃ時間を取られるってことです。

たまにサービスブログのサバに不満を感じて、HP立ち上げて引っ越そうと考える時もありますけども、ブログですらこう時間がかかるんじゃ、HPなんぞやり始めた日にゃ倒れますなこれは。とんでもありませんや。

そんなにキツイならやめればいいじゃん。
そうなんですが、一度始めたら形になるまで引けない「物作りの血」とでも言いますかね。とにかく頭にアイディアは一杯あるんですよ。それを形にするには速いサバとスキルと、そして時間がかかります。とてもかかります。この三つが無いから悩ましい話なんですわ。

たまにですがサーフをする事もありましてね、それでちょいとおいら的に感じるものがあるんですよ。サイトを形ができるまで維持してらっしゃる人達っていうのはあきらかに年配の方が多い気がするんです。

これの意味するところは、『サイト運営にはとても忍耐が必要』ではないですかな。地道な努力を継続しなきゃいけないって事です。若いもんにゃなかなか難しい話ですわ。例外はありますけどね。
もうひとつはテキストを書く能力でしょうな。文章力です。

それに時間がかかるのは制作だけではありません。
サイトがWebに認知されるのにも、短気な者には我慢できないほどの時間がかかります。始めてから三ヶ月ほどは検索エンジンからもほとんど「お呼び」がかかりませんし、それは普通半年くらい続きます。この間にやる気を失う人も大勢います。その点ラブログは内部訪問者が多いので、初心者にはいくらか優しいと言えるでしょう。大きなところでは新しいサイトは一週間もすれば誰も来なくなります。要するにアクセスは簡単に増えないってことです。

そしてたとえアクセスが増えたにしろ、それが続く保証なんぞどこにもなく、逆に簡単に減ってしまう可能性が常にあります。日に1000アクセス超えてるっていっても半年後にはどうなるか全然分からないのがネットです。

やけにアクセスの話ばかり出ますけど、「別にアクセスなんていらない」って人は何でWebでサイトを公開するのか理解ができませんので、普通はサイト運営のモチベを維持する一番大事なポイントだという前提で話をしています。
誰もが正直訪問者数でやる気を左右されるはずです。

そいで先に書いたようにもうじき50万HITに達し、割と安定もして来ましたので、余程の事が起こらない限りいずれ100万アクセスを達成できるでしょう。
実はこういう時期が一番ツラいんですよ。中だるみとでも言いますか、更新に気が入らない。

「どんなに頑張ってコツコツとコンテンツを作っても、すぐにどこかで誰かが同じ内容でこれを上回るコンテンツを公開するし、なんて意味の無い事をしてるんだろう。そもそもこんな下らないコンテンツがユーザーの役に立つわきゃねぇし」

こういう思いにつかまってしまうんですな。
仕事中でも旅先でも、何処にいてもアイデアは湧きますし、そのつどメモしてるくらいだから、書く事はあるんです。しかしサバの重さ等制作にとられる時間は別としても、上記のような思いにつかまったらまず更新できませんね。

この「無意味な事」という思いを払拭する。これがサイト維持で一番大事でかつ難しい部分です。

検索エンジンの大きさ

しかしおいらは今だネットに魅力を感じています。
それはね、ネットの『公平さ』と『人間臭さ』に最近気が付いてきたからなんですよ。

これを読んでる方はおそらく検索エンジンがどれほどネットで重要か知っていらっしゃるはずですので、SEOって言葉をご存知でしょう。

検索エンジンで上位に掲載させる手段です。
おいらもブログ始めた頃にSEOに関して少し知ろうと努力した事がありますが、あまりにも難しいのと、それを実践してもたいした効果が無いことが分かり、すぐ興味を失いました。

しかしインターネットの草創期からSEOに関わってるプロが大勢いまして、その人達は本物のプロです。つまり商売にしています。その方達が最適化したWebページはやはり上位に出ています。
長年WWWの専門家として培った経験と知識。HTMLタグもまともに読めないトウシロが逆立ちしても勝てるわけありませんなどう考えても。

ところがそのトウシロのおいらの作ったサイトがね、一時は何十ものキーワードで検索ページの一位になっているんですよ。はっきり言っておいらのサイトのソースなんか専門家から見ればメチャクチャでしょう。それは分かってるんです。ツギハギだらけですからね。

この謎を解くヒントはね、ネットを左右してるのは機械じゃないってことです。
システムを動かしてるのは機械ですが、左右するのはヒトなんですよ。

ロボットの検索エンジンがSEOにやられない様にヤフーもグーグルもたえず進化しています。でもSEO側も必死だから模索を続ける。
その結果どうなってるかと言うと、物凄く人間臭くなってるわけですよ。
テクニックや派手さ、つまり外ズラは無視して中身を評価されるんです。限りなくその方向に向かってますね大手の検索エンジンは。

一例ですが有名な芸能人のブログはすぐにページランクが個人ブログ最高の5~6になります。世の中の人は多勢に流されますので、人気がある芸能人というただそれだけでリンクを張ります。あっという間に何千何万の被リンクを集めるからページランクは上がります。

しかしグーグルやヤフーのロボットは有名人であろうがなかろうが気にしません。気にするのは「中に何を書いているのか」だけです。
だからいかにページランクが高くても、中の文章が無意味だと判断すれば、検索結果に反映してくれません。

トップページだけページランクが高くても意味がないのはWikipediaを利用すると分かります。たいがいはWikipediaの各ページが検索結果の上位を独占しているのは「読まれるに値する文章」が書いてあるからです。

人間に読めないサイトは機械も読まないってことです。

今の人間世界で平等などは幻想にすぎません。
でも現在のネットは限りなく平等に近いのではないか。例えばページランクが6~10の巨大サイトであろうが、必ず検索結果の上位を独占できるわけではありません。検索エンジンの宿命としてそれはできないからです。恣意が入れば誰も検索を使わなくなりますからね。

それでね、最初に戻りますが、疲れたって話。
ガラにも無く体調を狂わせたりしたのも、はっきり言ってストレスでしょうな。
認めたくはありませんが『中毒』気味ってわけです。Webのね。
何か手を考えなきゃいけません。
そこで『追いガツオ』をしてみようかと思います。
『むかえ酒』ですね。

経験からですが、マラソンに疲れたときは休むと逆効果になる可能性が高いです。さらに走り続けた方が良い。(これは誰にでもあてはまるわけでは無いので誤解なさらぬように)要するにブログ作業をもっと増やすという逆療法です。そのひとつがこの馬鹿長い文章(笑)
(すでに頭が変になってるんですかね?)

どうせ何事にも限界はつきものですし、必ず終わりが訪れます。
どんな最期になるにしろ、見届けてみようか、そう思うんですよ。

インターネットは時代の最先端みたいな扱いですが、実は非常に古典的なものなんだと思います。古い言葉がこれほどピタリ当てはまるのも珍しい。

石の上にも三年
石橋をたたいてわたる
浅き川も深くわたれ
帯に短し、たすきに長し
木を見て森を見ず
秋の日はつるべ落とし
人の振り見てわが振り直せ
仏作ってたましい入れず
下手の考え休むに似たり
ミイラ取りがミイラになる
物言えば唇寒し秋の風
待てば海路の日和あリ

そして、

急がば回れ

キリの無さと一致に笑いが出て来るほどです。すべてインターネットに、そしてウェブマスター達に、ピタリとあてはまる言葉ばかりじゃないですか。

ここから引き出せる結論は、ネットほど人間臭いものは無いってことでしょうか。

ブログの問題点

検索エンジンに適することから、ブログはアクセスアップの手段だと言われていたのが、トラックバックの廃墟化やブログ飽和などにより無意味に近くなっています。もっと手軽な手段も現れてるしブログ激増もやがて鈍化するでしょう。安易なものに流れるのが世の常です。

ブログの問題点は良い面と悪い面が同じだということではないかと思っています。始めた時からそれに頭を悩ませました。

簡単に手軽に更新できるので、日記風にどんどん記事を投稿できる。
これがブログの特徴でブログって名の由来でもあります。
しかし新記事がトップに来てしまう必然性があるブログ構造そのものが同時に悪い面でもあるんですね。

新しい記事は鮮度がありますからトップは当然と言えますが、次の日は二番目になり、その次は三番に下がる。どんどん深い階層に下がっていく。
そして最後は埋もれてしまい、場合によっては管理人すら探せないという始末になる可能性がある。そうなった記事はトップから入った訪問者には絶対に探す事はできないでしょう。

存在しないのと同じです。

その事実に気がついたブロガーはどうするか。
まずトップにできうる限りの記事を表示します。しかしやがて気がつきます、指が疲れるほどスクロールしてくれる訪問者はいないと。どんなに速いサーバーでも重くなり逆効果だと。サイトマップや案内を作っても、すぐにまた気付く、「きりがない」と。

必然的に記事に想いがこもらなくなる可能性充分ですね。

『人にも読んでもらえないどころか、書いた自分も探すのに難儀する』

そうなって行く記事にたいして想いがこもるでしょうか。

刹那的な記事が多くなるはずです。

ここがブログの最大の問題点です。
確かにページ数を増やすと検索にはプラスになりますが、それはコンテンツが誰かにとって意味のあるものであった場合に限ります。誰も検索しない内容の記事には誰も訪問しません。基本的に思い入れを持って作ったページにしか訪問者は来ないのです。

そこに思い至れば、自分は大量のページを使っていったい何をしてるのか自問自答せざるを得ないでしょう。訪問されたくないならば非公開にすればよいだけなのでそれは除外します。誰かに読んでもらいたくて公開してるのです。それが一生懸命書いても1ヵ月もすれば埋もれて消える。

これには悩みました。
最初からある程度工夫して対策してますが、今でも悩み続け打破する方法を模索しています。

Posted by 魚山人 at 2008年

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