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《ひらひら》 拓郎へのファンレター

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吉田拓郎

元気の無い日本

洋食にも中華にもカブレた事がある。

アジア料理も研究し、一時最高だと思ったことがある。

でもやはり【和食】が最高だと結論し、死ぬまで和食だと思った。

ワインがどんだけ奥深いかは分かってます。
でもね、おいらは死ぬ前にポン酒を飲む。

理由はたったの一つ。
おいらが【日本人】だからですよ。

今ね、サッカーの日本代表が決勝へ進み、
おいらは死ぬほど嬉しい。

元気の無い日本。
そいつをぶち破ろうとする選手達に涙が出る。

腐り切り、自業自得で最低の20年。
バカヤロウにどうしても歯止めがかからない。

人の苦しみが解らない。
人の痛みが解らない。
楽して儲ければ勝ち。

まるでチンドン屋の猿芝居。
中身なんぞまるで無い。

困った人を助けないから、テメェが今度は苦しむハメになる。
ガキの様に目先の欲で右往左往。

「滅んじまえクソ国民」
あまりのだらしなさにそう思うこともある。

テメェ達がワガママほざいてられんのはね、
腰が折れ曲がった老婆達、
その曲がった腰のおかげなんだと考えもしない。

婆ちゃんや、そして母ちゃんがいた。
さんざん苦労して育ててくれた。

それはテメェを「情」も「涙」もねぇハンチクにする為じゃねぇんだ!

本当に大切なモンを脇に押しやりカッコつけてる。
その見苦しさを理解できない情けない思考回路。

日本人も世界中に出て定着してる。
中国人だけじゃありません移民は。

故郷への愛はどちらも変わらない。
中国人はね「仲間に命より大事な金を出し」

日本人は何か分かりますか?

「計算(打算)なき、涙」です。

「アホ」とも言うべき情。
西洋人や中国人の様に「損得計算」ができない情。

だからこそ海外に出た日本人は絶対に日本を忘れられない。

腹が立ちます例ですけどね。
「オレオレ詐欺」で虎の子を振り込んでしまう老人達。
その被害者が多いってのが日本って国の本質なんですよ。

かけがえのない「日本人の魂」を消そうとしてる。
その罪を犯してる人間は《売国奴》です。
弱者を食い、「情」を逆手に取る罪は国家反逆罪と同じです。

テメェの母ちゃんの「墓石」に唾を吐き、
汚ぇ靴で蹴っ飛ばす。

それがどういう行為なんだか考えてみろい!

拓郎

70~80年代に青春を通過した者にとって、吉田拓郎ほど格好良い男は他にいない。とにかく何もかもがカッコイイのだ。

時は過ぎ21世紀現在、
初老から老人になろうとしている今になっても、

なにかにつれ、折に触れ、頭の中でリフレインする曲は

【類のない拓郎のオリジナルメロディ】と
誰にも媚びる事がない男ぽっい気骨が漲り、モノゴトの本質を刺し貫く、ゆえに色あせて古びる事がなく時代を超越した普遍的な拓郎の詞
であったりする。

そんな日本人は想像以上に多いはずだ。

もちろん人はそれぞれだから皆がそうだとは言わない。
拓郎に興味がなく、陽水だったり永ちゃんやYMOやタツロー、もしくはアイドルや演歌、それに洋楽しか聴かないという人もいる。

そうだとしても、拓郎ほど圧倒的な影響力があったミュージシャンは他にいない。
あれから半世紀が過ぎた今だからこそ断言できる。

吉田拓郎は日本のポピュラーソングを変えてしまった「神」
先駆者にして創設者だったのだと。

拓郎の功績

もし今拓郎が病に斃れたとしたらおいらは耐えられません。
この十年で拓郎という男の意味を痛感してるからです。

拓郎はね「スットッパー」だったんですよ。
高度成長後の日本に現れた「歯止め」だった。

拓郎の功績はあまりに過小評価に過ぎる。

おいらを含め、「拓郎の出現が日本を駄目にした」
そう考えた人間も多いでしょう。今もおそらく大勢いる。

しかし誰も考えない。
「もし拓郎がいなかったらどうなっていたか」を。

もし拓郎がスターでなかったら、
そしてもし拓郎が『制服』みたいな唄を歌ってなければ、

少なくとも「浜田省吾」も、「長渕剛」も、「桑田圭祐」も、歌を始めたかどうか分からない。
どれだけ多くの人間が拓郎の影響を受けたかは想像に余る。

これだけは確実に言えます。
拓郎はたんなる「歌手」ではなかった。

日本が高度成長の罠に陥ったとき、
そのまま「アメリカ」になってしまう可能性は多大にあった。

その時期も時期。
突然現れたのが拓郎であり、

【アメリカかぶれのフリしながら「日本」を唄った】

日本人は日本人なんだと「楔」を打ち込んだんです。

「俺達は日本人だし、日本人のままでいいんだ」
そう語部は歌っている。

ペニーレインでバーボンを飲むよりも、釣りをする南こうせつを歌うほうが楽しそうな男。

ビートルズの教えよりも、下駄を鳴らして歩く男

人はどうして悲しくなるのか、その本質を最初から知っていた男。

今はまだ人生を語らずと言いながら、全てを語りつくした男

日本が蓄積してく「知識」をクソだと切って捨てた。

いつまで嘘を唄い続けて欲しい。

真実という名の嘘を。   ずっと、ずっと 元気 なままで

ラッシュアワーをごらんよ
今朝もまた
見出し人間の群れが
押し合いへし合い 出かけて行くよ
商売取引うまく行くのは
ほんとの話じゃなくて どこかで仕入れた噂話

用心しろよ 用心しろよ
ああ そのうち君も狙われる

おいらもヒラヒラ お前もヒラヒラ
あいつもヒラヒラ 日本中ヒラヒラ
ちょいとマッチを擦りゃあ 燃えてしまいそうな
そんな頼りない世の中さ

おいらもヒラヒラ お前もヒラヒラ
あいつもヒラヒラ 日本中ヒラヒラ

『ひらひら』 吉田 拓郎

21世紀もかなり過ぎた現在もまったくコレと同じ。
拓郎という人は、何十年も前の青年時代から、
日本と日本人の本質が嫌になるほど見えていたんですなぁ。
おそらく天性のものでしょう。

2010/6 魚山人

「音楽家&詩人」としての吉田拓郎

感情の赴くままにブログを書くと、
あとから自分で読み返した時に、なんとも言えない感情にとらわれてしまう事がある。「これはいったい何だ」という、そんな感じ。

ま、それがあるのでブログを長期間書き続けるのは困難なんでしょうなあ。自分で自分にブレーキかけちゃうから。

コレに気づいた時、「80年代の拓郎の苦難」みたいなモンがなんとなく理解できたような、できないような。

でもね、「吉田拓郎を感情抜きに冷静に語れ」というのはちょっと無理なんですよ。
数十年間も拓郎の唄を聴いてきたオイラ達みたいな人間には。

それでも敢えて「吉田拓郎という人」は唄から切り離す必要があるんじゃないか。

ファンになると、その人の何もかもを知りたくなってしまうが、そうではなく、拓郎という人間を追いかけず、【拓郎が創った音楽】のみに関心をよせると。

そうでなきゃ、音楽家としての拓郎の偉大さを見失う可能性があるもの。

拓郎のコアなファンだと、プライベートから何から知っているのが当然だから、いつの間にか「拓郎の人生」と「拓郎の音楽」を混合というか重ね合わせるというか、ちょっと違う方向に行ってしまいがち。

つまり曲を聴いて拓郎の人生を知った気になってしまうと。

結果的に「俺の歌は嘘だらけ」と拓郎に言わせてしまうわけですな。

曲も詩も創作物なんですよ。つまりフィクション。多少拓郎の実生活を織り込んでいようと、ツクリモノはツクリモノ。
だって当然でしょ、創作家なんだから拓郎は。

で、音楽と詩の創作家としての吉田拓郎はどうなのか。なんです。

とてつもない天才でしょ。どう考えても。

けっして色褪せる事がない魂のこもった名曲を、こんなに沢山作った歌手って、拓郎の他に誰もいないもの。

いるとすれば「中島みゆき」か「浜田省吾」くらいではないか。
(矢沢永吉とか長渕剛も入るのでしょうが、挙げ始めたらキリがなくなってしまうし、おいら個人の感想でしかないし)

拓郎は日本の音楽、っていうか時代そのものを動かした人。

この評価が広まらないのは、
「スキャンダラスな拓郎の人生には目を向けるが、その音楽はマトモに聴いてない人」が多いから、でしょうね。
ま、本人の「シャイ&マイペース&世俗に毒されない綺麗で頑固な心」そんな性格ゆえの世(音楽芸能界)渡り下手もあったと思いますが。

いかにも。
外見だけで評価し、中身は全然見ようとしない国民性のなせるわざ。そのよい例じゃないか。(これがアメリカなら音楽の中身を正当に評価されていた筈です)

あの拓郎も、そろそろ七十代後半に。
永遠の青春を刻みつけ、子供少年青年のまま歳をとらないイメージしかない音楽の巨星でさえも老齢になってしまうこの人間世界。

ラストアルバムを最後に一切の活動から身を引くとの事。
寂しさはあるが、それが「吉田拓郎」としては正解かなと。

本人がどうあれ、「吉田拓郎という人の拓郎節」は何があっても消えないのだから。本人が引退してもです。

創作者というのは感情が高揚したときに良いアイデアが浮かぶというが、拓郎もプライベートで何かしらのエポックがあった時期に名曲を書く傾向がある。
そして感情の起伏は年齢に左右され、そういう高揚感やエポックは高齢になると遠ざかり、過去の記憶としてしか浮かばない。
過去の栄光にすがるのは拓郎が最も嫌う行いである。

いい唄は何十年でも残る、その唄に人の魂が入っていたら、永遠に残る

人生を語らず
そうは言っても拓郎の事はいくら語っても足りない、何でしょうかねコレ。

字余りでメチャクチャな歌い方、なのに心に沁み入るメロディがありリズムがある。そんな「拓郎節」

拓郎節が炸裂する曲は山のようにありますが、おいらお気入りのこの曲は、まさに拓郎節です

大阪行きは何番ホーム

YouTube 吉田拓郎

たいら より:

お疲れ様です  自分も日本代表の戦いに涙が出ましたよ 散々ワールドカップ前には批判もされバカなマスメディアの標的 くだらない妄想の中での身勝手な言葉が飛びかう中で 自分は選手とスタッフが一番悔しい思いもしたし、自信もなくなった時もあっただろうと思います 板前やってますと、閉塞感の環境から悔しさと自信をなかなか付けられない若かりし修行時代を思いだします しかし自分なんてちっぽけなもんで国を背負って戦うあの姿には痺れます。良いときは持ち上げる、悪いときは徹底的にたたかれる あるいみ勝負の世界じゃ世界共通です。 それでも自分なんか弱いんでしょうか 何かを責める事はできない。選手にも家族がいて応援してる 一生懸命厳しいトレーニングやメンタルのバランスを鍛えてる。莫大な報酬が貰えるのは人々を惹き付ける事ができ人を楽しませる事ができるからであって、 勝手に自分が想像してる結果にならなきゃ批判する奴等。 だったらテメェがやってみろ そう思う気持ちがあるから悔しい結果になろうが 残念だったな!悔しいって その思いだけが残ります。あまり上手く伝えられませんが、とにかく決勝トーナメントにあがれて嬉しい(^O^)       
オレオレ詐欺 楽して金を儲ける いや吸い取るですね これはかみさんの祖母が何回か遭遇してまして 女手1つで家族を守ってきたからでしょうか 芯があるから、すぐ見抜く事ができたので騙されたふりして話を聞いてみるそうです 決まって最後はあんたの母親やおばあちゃんにも電話したのかい?このスットコドッコイ!と電話を叩きつけるそうです。(かみさんに似てる…かな…笑)なぜ楽して金がほしいか そうさせる根本はなんなのか 今の日本社会がつくりだした不の連鎖なのか 結局は熱くなれる恋 友情 仕事 尊敬できる事と 苦しさから得られる大事なモノが見つけられなく 裏切られ続けてきたからなのか…自分にははっきりわかりません。 人生なんて順風満帆なだけではありませんが清濁あわせ飲むにも限度がありますね 

日本人って米は毎日、口にするのが大半ですが 田んぼに囲まれたとこで生まれてますんで 幼少の頃はよく稲刈りをみてたもんです ご年配の方がまだ手で刈ってる人もいた時代 この前長渕も言ってましたが「夕焼けこやけの 赤トンボ~」誰もが口ずさむ歌は本当にすごいと 人間の原点はここだと思うですよ なんか切なさを感じる歌に、ばあちゃんや、かあちゃんの働く姿 野を駆け回る悪ガキたち 沈む夕日に明日を想う。 勿論、市井より物質的や精神的に苦痛を感じない、層もありますが、俺は豊かな家に生まれたかったなんてガキの頃みんな思ったのでしょうかね 仮に思うのなら卑屈な手段で小汚く駆け抜けるじゃなく 正々堂々と苦労も苦とせず 真っ向から戦えばいい。 まっとうな報酬なら心は腐らないと思います 誤魔化し騙し地に足もつけられない 誇りもへったくれもありゃしません。 ここもうまく伝えられませんね(泣 金を儲ける手段より使い方のほうが難しいとはよくいったもんですが、どっちもむずかしいですね……  
話しはかわりますが昨日初めて出前で寿司を一人で二百人前って桁を握ったんですが、寿司屋で厳しい修行をしてないので最後のほうは、ペースが落ちました。日々少量しか握らないので時間配分のミスが生じ 悔しくてしかたないです。。段取りは自信がありましたが、自分の腕の器量不足 もういちど休日に寿司屋さんに頼み込んで自分の仕事を見て頂きたく思う今日この頃です 横に鯔兄さんがいたら間違いなく蹴られ 魚山人親方がいれば無言の威圧感で蹴散らされていたかもしれません(笑)そのまえにお二人がいらっしゃったら、握れないでしょうが(^O^)

最近はBLOGをやってみたい気がしてるんですが やってみたい から、やるぞってなかなか思えません(笑) 魚山人さんが疲れるとよくおっしゃってますからやっぱり疲れるんだろうなと(笑) 
まして料理以外にあまり引き出しもないですし自分で店やってるならホームページでやる意味もありますが 今始めると 近いうち店を構えるまでの段取り的な「記録」みたいになりそうで気が引けてしまいます(笑) まぁのんびり料理や包丁とか好きなようにやってみたいきがしますが(^O^)

拓郎聴きました! 詞がまた良いですね 自分なんかの世代ですと ブルーハーツ 長渕 浜省 矢沢 横道坊主 尾崎 研ナオコ って感じでしたが 拓郎さんもいいですね(^O^)

魚山人 より:

今晩は、たいらさん。

つい興奮してしまい、みっともない記事を書いてしまいました。
(いつもですが 笑)

勝てば手のひらを返したバカ騒ぎ。
負ければ「ほらみろ、やっぱり僕が言った通りになった。情けない。」

こうしたマスコミの言動とそれに煽られる人々に釘。

うるせぇってんだバカヤロウどもが!
情けねぇのはテメェの方だろボンクラ。
グズグズ言ってねぇで自分も血の小便してみやがれ。

そんな意味をこめています。

「ひっかかる方がマヌケ。信じられない」
オレオレ詐欺をこう見る人が多いです。

その「マヌケ」がいるから日本は日本でいられる。
マヌケと「情」の区別もつかない「お利口さん」ばかりになればね、日本人は終わりです。もう日本って国の看板下ろすしかない。

情のある日本人が死に絶えて、さぞや冷たい「氷の世界」になりましょう。
それを加速させるから「売国奴」って言うんですよ。

寿司を速く握るコツはね

『左手の引き』いかんです。

通常意識しないと思いますが、今度試しに「ネタにシャリを乗せた瞬間、意識的に左手を半手ほど引いてみて下さい」
倍の速さで握れます。
立返しの場合でも、やはり左手の使い方次第です。
左手を遊ばせていてはいけません。

拓郎はおいらも同時代って訳ではなく、少し先輩くらいが熱中していました。何にでも首を突っ込む「マセガキ」だったんで聴いてたって感じ。

『拓郎節』は魂が揺れます。
クソ喧しいガキ音楽にウンザリしたあたりで聞くと真価が分かりますよ。

ブログは絶対すぐ始めなさい (笑)
やり方は全て教えます。

店を持つと軌道に乗るまでなかなか手が空かない。
それに店ブログは山の様にある。

それよりも、その前段階の記録の方が面白いに決まっている。絶対に面白いし、読者も増える。

もし独立したら読者は自分の事のように嬉しいはず。

もちろんおいらも読むし鯔さんも読む。

ブロクを持つ段取りはいくらでも質問して下さい。
なんならこのブログをあげます。
続きを書いてください(笑)

愛読者 より:

吉田拓郎は全然知らないですが,幼い頃,神社の境内で拾った雑誌のインタビューで吉田拓郎が自分が売れっ子だった時代を振り返りつつ「今だから言えるけどフォークの神様なんて全部,嘘だよあんなの。」なんてさらりと言ってたのを思い出します。
本音なのか皮肉か虚勢か,それはいくら考えてもわからない虚実皮膜の間に我々はいるということでしょうか。

鯔次郎† より:

お疲れ様です。

ちょっと爺に頼みがあんだm(__)m申し訳ネェ

【拓郎のひらひら】
聞いたし 知ってたんだが
改めて聞いて コメ内容がまとまらネェんす…
サラッと聞き流してた自分が
この歳になって恥ずかしくてな…また改めてコメさせて下さい。

実ゎ明日 ツカ3時間後にゎ起床して草野球の試合があるんすが この雨模様…中止になんだろからコメします。

たいらサンのコメを読みましたたいらサン宛てのコメをさせて頂くことを了承して頂きたいんすm(__)m

俺がもし兄ィだとしたら
(たいらサンのね)
蹴飛ばしてます。2百人前の注文を受注した時点でね!

何故か…

俺なら最低5人ゎ鮨板が居る環境ジャなけりゃ そんな注文ゎ受けネェからですよ。
それがもし
たいらサンが兄ィで受注したもんなら 徹夜だろが 早朝だろが巻物に軍艦 山笹こさえたりガリ盛ったり 手元だろがシャリ切りだろがヤルけどね。
これゎね下らネェ鮨板のプライドとか 単にカッタリィからとかジャネェんすよ。
爺が以前 ホテルの助っ人で
「出張鮨板をやり 1手握りで100人前をこなす」との話を聞いた。そりゃ即座に喰わせっからスゲェ仕事なんだけどね 出前の200人前ゎね後半にスローダウンしたことよりも 最初に握った1人前の鮨がどんな状態かってことなんすよ。

でもね
たいらサンの その姿勢ゎ素晴らしいし 必ず生業もblogも 成就することでしょうよ!

お目汚しコメだなこりゃ…

もしかしたら試合があっかもしれネェから寝ますね!

あ゛
1ツだけ!
草野球に最近さ 息子と息子の達(親友?)2人を連れてくんだ 監督ゎ使ってくれんだよ このバカ中坊2人をね! 部活ジャ3年生が試合のレギュラーだから 試合に出れるのが嬉しいみたいでね!
(2人ゎ2年生)
オジサンTEAMなんだが なんか新鮮な風なんだよ コイツら2人ゎ(笑)

当然ですが このクソ中坊ニャき・ち・ん・と!
挨拶ゎさせてます!

ってオイッ(/ロ゜)/
2時間しかネェじゃん!
睡眠時間!(泣)

魚山人 より:

こんにちは、愛読者さん。

「フォークの神様」というのは事実と乖離した話なんですよ。
当時神様は岡林信康であり、拓郎が歌うと「帰れバカ」だったからです。

拓郎のはフォークでは無い。そういう意味だし、事実拓郎はフォークではなく「ニューミュージック」という言葉の魁であり、日本のポピュラーミュージックそのものなんです。
「襟裳岬」で日本の歌謡界そのものを変えてしまったんですよ。
拓郎が他の歌手に作ったヒット曲は、沢山あるんです。
一部に拓郎の音楽は荒くてヘタなんて誤解がありますけども、それは独特の節回しのせいであり、音楽自体はとてつもない天才。
これは音のプロが言っている事であり、衆目の一致する事実なんです。

拓郎はね、『自分の歌っている詩の内容が』うそっぱちだといつも言っています。今でもそう言っています。
ガッカリするファンがいると聞きますが、おいらは当然だと思う。
だって『私小説』じゃあるまいし、何百とある歌詞の内容や世界観が現実の自分の反映だとしたら、それはアーティストの仕事とはいえない。

「あんなもの嘘」は、小説家の本を読み、主人公と作家を混同する幼稚なファンへの戒めや反発であるし、自分への照れもあるんでしょう。
それでなくても「嘘」でなきゃいかんと思いますよ。事実だけ唄っている方が不気味ってもんです。そういう職業なんですよ、彼の仕事は。

まぁ拓郎が今の中高年に与えた影響は底知れず絶大。
つまり今の日本に果てしの無いほど影響を与えているって事です。

でも拓郎にしてみれば今の日本の体たらくを考え、「オレには関係ないよバカヤロー」と言いたくもなるでしょうし、その気持はすごく分かります。

おいらが好きなのはね、「屁理屈を寄せ付けない世界観を持つ詩」です。
拓郎の唄は聞くしかないんですよ。語る必要はないんです。
何故なら語り部は拓郎だからです。

魚山人 より:

お疲れ様、鯔さん。

「ひらひら」はどちらかかと言えばウケを狙ったツッコミが甘い唄。

この曲の背景にあるものを理解するには、事実上のデビュー曲『イメージの詩』や、その後の『知識』とか『流星』を知ってなきゃなかなか分かりません。

寿司に関しちゃね、鯔さんの言っている事は正しいし、気持も分かる。
おいらが出前をしないのは知ってるよね。

でも商売なんですよ。売らなきゃいけない事もあるんです。
「どんな状況にでも対応できる」
おいらは全国を助で流れ板しながらそれが職人だと思いました。

速いのは遅くできる。
だが遅いのは簡単に速くできんのですよ。

「高い場所」から下を見ているのではなく、
いつでも何のこだわりもなく、ホールバックもするし、
洗い場に入って下げ膳を洗う。

それがおいらの考える職人道です。
鍋もマトモに洗えないのは板前じゃない、と。
芸術家やってる訳じゃありませんのでね。

ともかく
よく寝なさいアンタは(笑)

マル子 より:

あのね父ちゃん

駄目でしょ~、、、こんなん書いたらば。。。

中島みゆきや拓郎は書いたらあきまへん

そしたらばワシが書いた記事
父ちゃんや実父の入れ知恵だっつ~のんがァ
モロ分かり。。。。。

ただでさえぇー、、、文節や思考がオンナジなんじゃけ
ヘンでしょう~~こんなん。。

ちゅかホントはどうでもいいんでするけんどもねソンナンわ。。。

どんだけ偉大な音楽家じゃちゅ~ても

音楽の素養の無い一般人の魂に響かない曲
クロウトには向いても普通の人には無縁でする

拓郎の凄さはそこじゃ思う

純文学じゃなく、、、、、えんたーてなー。。。。

けんどもでするな、、、、、

ワシは雲の上の拓郎よしか、、、、、、

父ちゃんの方が心配じゃ。。。。。。。。。。。。。。

お願いだからあんまし無理せんでネ

あんまし無茶苦茶したらばぁ

怒るけん。。。。。。。ワシ。。

たいら より:

お早ようございます 
魚山人さん握りのご指導ありがとうございましたm(__)m 初めて指導してくださった鮨職人には本手返しを教わりましたが 少し自分なりの流れでやっています まだ貪欲に精進あるのみでございますm(__)m 寿司より料理が八割な仕事ですから なにかとみっともない話を書いてしまったようです。 
鯔さんのおっしゃる事はごもっともです 自分の所は女将を筆頭に生業をやっている料理屋です 昔は鮨屋も持っていたそうですが 今は料理屋一本 昔からの流れで 寿司の比率はひかえてますが寿司を食べにきてくださるお馴染みさんも多く寿司は外せない環境が現実です  その昔からのお馴染みさんが大往生の人生を全うされ好きだった寿司をお別れにきた人様に振る舞う。こういう話でした 初めは詰め料理で受けたいと女将と申し出ましたが お客様が望むこと ならば全力でお手伝いしたいとお受けした次第でした そこには女将の気持ちが板前に伝わるんですよ すごく気を使ってくれる経営者 料理のほうが段取り的には問題ない しかし寿司をだしたい「板さんがどうしても気が引けるなら もう一度掛け合います 」断る理由はありませんでした 職人なら、全力でやります そう思ったのが事実です 経営の立場の女将もあります。 五人前の桶×四十 これだけは七寸の折に変えさせてもらい(桶もそんなないですし) 二百個にして八つと一本 一人いる板前が巻物 同時に自分が握り始めた訳です 出来たら順次包装 昼は閉めて店をあげてやった仕事でした 急な話でしたのでバタバタしましたが 種的には十分配慮もしたとおもっております。前のコメでここらへんのくだりも書けばただ腕がまだまだだなと感じてくださるだけだったのかもしれませんが…悔しさのほうがあったのかな(笑)こんな言い訳がましいことを書かせていただけるのも魚山人さんや鯔さんが職人だからです そしてご指摘も有り難いお言葉も すごく嬉しいですよ(^O^) 感謝いたします   

今日は野球とのこと 朝は駿河は雨  しかし、こんくれぇの雨ならやるでしょ?鯔さん(笑) 第一打席から目覚めの一発ホームラン 2打席めにライト前ヒット 三打席はあわや連続かと思わせる走者一掃のスリーベース 四打席めにツーベースがでりゃサイクル安打 ネクストサークルで気合い入ってるときに雨足が激しくなりコールドにならないよう祈ってます(笑) つかそのシチュエーションなら大雨でもゲームは止めないでしょうが(爆 BLOGですがそんな大層なもんじゃないです 時間もあまりないですし のほほんと漠然に……ただ携帯とデジカメとビデオに料理や包丁なんかの画像をため込んでますからいつか 載せてみたいです(^O^)

魚山人 より:

マルちゃん。スンマセン(~_~;)

そしてこないだの「敬老の日 ?(笑)」のプレゼント。
もう1度お礼、ほんとうにありがとうね。

おつかれさま、たいらさん。

そいでもってデットボールを受け、大切な右指をツキユビしてたりして(笑)
そんで店に行って親方に怒られたりして。
さらに、「爺、ユビが痛ぇんだが」なんてコメを・・・・・(笑)

まぁ、たいらんさんの事だから、もしブログやるにしても自力で入念に下準備をするだろうなと思います。
仕事の八割は段取りと仕込み。
そいつが分かってる職人さんですからね。

もし何か分からない事があれば遠慮なく。
ブログに関しては何でも答えます。

料理の質問はダメだし答えないけど← 変なオヤジ 笑

鯔次郎 より:

お疲れ様っした!皆様方!
クソうぜぇ湿気に俺自信も
包丁も 腐りそうだぜ!

あのなぁ
『俺をオモチャにすんジャネェ!』
皆様方の期待を裏切り
今日の試合ゎ順延ダヨ。

ッタク…何言われっか怖いblogだな 爺blogゎ

爺の俺宛てコメね
拓郎の謳にゎ時間くれ
もやもやな気持ちのまんま知ったかぶりのコメゎしたくネェからな
それに仕事面でゎ俺
当然 板サンMAINすが
ある時ゎホール係に出前持ち
またある時ゎ店周りの草むしり係に洗い場係
その本性ゎ!
『女将サン』兼用だったりもする(笑)
爺の言う 仕事への姿勢ゎ
やってますから!
だいたいな親方がストイックだと俺みたいな女将兼用な若い衆が必要なんだよ!
『和み役』ッツーの?

んで
たいらサン。
事情ゎ先に言えってんだ!
馬鹿野郎!
恥かかせんジャネェよ!
握ってみて どうだった?
腰 痛くネェか?
急ぐあまりに 前かがみな姿勢で握ってっと 故障すっからね 鮨ゎスポーツみたいなモンさ(笑)

左手を半手引く←わかりましたか?
クソジジイゎ教育熱心だから
テキトーな答えゎ活字にすんけど 大事な部分ゎ…そりゃ当たり前なんだよね(笑)
しっかし7寸折を200個…
『たいへん よく できました』←あえてヒラガナ表記!
(笑)

明日ゎ休み-
必要以上に寝てやりますから

皆様方 オヤスミナサイ夜

知魚楽 より:

海外はフランスしか行った事がないのですが、数年前むこうで同世代の若者と話をしたとき、多くの人が故郷の事を、国の事を誇らしげに話しました。

しっかりとした自分の主張も持っている。とても大人びて見えました。

「で、君はどうなの?」

と聞かれた時、上手く答えられませんでした。

国の事を、故郷の事を何も知らない自分に初めて気がつきました。

その時から自国の事をしっかりと学び、自己を確立した上でないと他国の事を学ぶ資格はないと自分に言い聞かせて毎日を過ごしています。

いつもはマスコミの報じるサポーターの様子を見て

「頑張れ、頑張れって言う前に、お前が頑張れ!」

と思ってしまい、なかなか素直に応援出来なかったのですが
このワールドカップは日の丸を背負って世界で戦う選手達の姿に一喜一憂しています。
彼らのプレーから、どれだけ色んな物を背負ってるか伝わってきますね。掛け値無しに応援したいと思います、睡眠不足ですが。

拓郎さんの唄もふと気がつくと口ずさんでしまいます。
「明日に向かって走れ」「今日までそして明日から」「流星」、、、
いつも最後に

「で、君はどうなの?」

と、聞かれてるような気がします。
拓郎さんの唄に出会えた事で自分の立つ場所を探し続けられているんだと思います。

でも最近、手入れしたお店の前の植え込みにゴミを投げ捨てる通行人、
お店の裏のゴミ箱に家庭ゴミを持ち込む隣人、何百円をケチって目の前のパーキングに車を止めず、閉店後の店舗駐車場に無断駐車してクラブに飲みに行くおっさん、酔っぱらって店舗シャッターに立ち小便するお兄さん、会計時にお札をショーケースの上にポイッと投げるおねーちゃん、テイクアウトで入店するなり、「急いでるから、早よして!」とまくしたてるおばはん、、、、心が折れそうです。

魚山人さんはお酒を扱われるなかで、もっと色んな方が来店されると思うのですが
それでも「人が好き」でいられるにはどうすればよいのでしょうか?
唇をかみしめるしかないのでしょうか、、、

魚山人 より:

鯔さん。

指、大丈夫かい(・・?
(笑)

拓郎に関しては気長に待ちますよ。
音が30年以上昔のモンだってのは事実だから、現代っ子の一人である鯔ちゃんがどんだけ「退屈せずに聴ける」かは難しいところでしょう。

それでもブルーハーツとかイエモンとかハウンドドッグなど違和感なく聴けるべ?
彼等も「拓郎」なしには存在し得ない。

まぁ色々な唄を聞いてみるこった。

今日もお疲れ様でした。(痛い指で  ←シツコイ 笑

知魚楽さん。

気持は物凄くよく分かりますよ。
おいらもしょっちゅう折れそうになります。

思い返せば料理の事よりも、「そういう心無い世間様」との戦いの方が商売の大部分を占めていたような気がします。

吉田拓郎の存在は、
「そういう連中」を日本に増殖させた。
そう思われていたのが80年代から90年代じゃないでしょうか。
そういう見方をする人々には特徴があります。
【有名なヒット曲だけを少しだけ聴き、それで判断してる】
つまりよく聞きもしないで、言っているんですよ。

拓郎の唄は沢山ありますが、全部に流れているテーマーがある。
ぶれずに一貫してるんですよ。そいつはヒット曲を数曲聴いただけじゃ分からない。
『それでも人が好き』。そう唄ってるんです。

この時代に挫けず生き抜くにはね、
「清濁併せ呑む」そこまで腹を大きくするしかないでしょうね。

飄々として風を遮らない。
風は跳ね返さずに、吹き流せば風の意を知る事が出来ます。
そうすれば風に流されないで済む。磐石でいられる。

そのスタンスで立っていますと見えてきます。
流されて生き、心の荒んだ人々も、好き好んで流されて来たんじゃないって事が分かってくるんですよ。
日本人としての原石を完全に失くしてるわけじゃない。
磨けば光る余地はまだまだ残っているんです。

「絆」はまだ死んだわけじゃありません。
サッカー日本代表の活躍はそれを教えてくれるはず。

そして21世紀になった今もまだ多くに人に愛される「吉田拓郎」
いまだに拓郎を聞き続ける人がいる。
その事が「まだ終わっていない」証だと思うんです。

知魚楽 より:

魚山人さん、ありがとうございます。

風の意を知る事、考えてもみませんでした。
恥ずかしいです。

胸を張って、私は日本人だからと言えるように学んでいきます。

オールドファン より:

以前にタラコでからすみが出来ないものかとか小エビの麹漬けは冷凍海老では絶対不可能か?などと問い合わせをした四国の奴です(古い送信だから多少当時と記憶ちがいは万一あるかもしれませんがカラスミと小海老の肴物の問い合わせだったことは確か)。 
 それにしても管理人さんが拓郎ファンだったとは意外な気がします。絶食体験記や日頃の文面が(いい意味で)独断でぐんとクールでシニカルなイメージがあり(や○にらみ論のカッコよさ)、音楽もフォークよりもコンボとかブルーノートとかのこだわり風な”名人魚山人”イメージでしたが、今回の拓郎さん物で逆に身近になった気がしそれはいいことな気がする。
 私も拓郎は好きだけど素直に拓郎ファンと発言するのが気恥ずかしかったり、同じフォークならアンチの少ない陽水ファンだと言う方が毒もなく無難だったり小奇麗だったりし、自分ら還暦人間はメンツや嘘っぱちも先立ち正直世代ではないんですよね。
また政界の意見でも自分は支持しているくせに今回の世論のバッシングのさなか正直におおぴっらにその党を出しにくくなったりしてやや自己嫌悪状態なこともある。歌にしても「ゴスペルよりミサだの、ユーミンよりまだしも中島、ひばりより裕次郎、相撲よりサッカー・・」などと表面を騙し嘘っぱちを言ってしまう己が情けない。そこらをこのブログは無言で諭してくれるので読者をやめられない。今後もずっと拝見させてください。

魚山人 より:

憶えておりますとも。
贔屓にして下さいまして感謝します。

同時代の人々にとって拓郎は「アイドル」でした様ですから、それはあるでしょうね。自分の先輩達も二派に分かれていました。

おいらは少し後の世代ですので、照れも何も、同級達はもうフォークそのものを聴かなくなっておりました。

特にフォークが好きという訳ではなく、ジャズやレゲエ、クラッシックも好きですよ。
でも【日本人としてのsoul】に回帰した頃から、拓郎がどれほどいい唄を作っていたか確認できました。得がたい存在ですよね。

独断と偏狂に満ち満ちたどうにもならないブログですが、今後とも宜しくお願い致します。

知魚楽 より:

魚山人 様

心地よい春の日差しが続き、去年の暮れに植えた欅の苗木から 新芽が顔を出し始めました。 魚山人様はいかがおすごしでしょうか?
一月の間、てまえ、板前、男前の記事が更新されなかったので 体調など崩されていないだろうかと勝手に心配しておりました。

いつも魚山人さんの綴られる言葉から、 前に一歩を踏み出す勇気をもらったり、 また自分の拠って立つ所がどこなのか、 シャンと背筋を伸ばせているのか確かめさせていただいたり、 自己啓発させていただいております。

独立するにあたり、自分の目指すところ、 お客様に伝えたいものは明確だったのですが、 大きな借金を抱えること、 景気の問題、 地方で自分の作る物が受け入れられるかどうか、 家族を巻き込んでしまうこと、 以前の職場では自分の管理するお店で、結果を出すことができなかったこと、 不安な要素だらけで、それでも独立しようとする僕は馬鹿か? と、おかしくて笑うしかないような時期もありましたが さまざまなことを考え決めていくとき、 いつも魚山人さんの綴られる言葉に背中を押していただきました。

細く長く、地域の方に必要とされるお店であり続けたいと思います。 地元に密着した、生活に根差しお店にしたいと開業してから もうすぐ一年が経とうとしています。 おかげさまで、少しずつ遠方からもお客様が足を運んで下さるようになりました。 これから、予想も出来ないような出来事が沢山起こるのでしょうが、 魚山人さんにかけていただいた 「清濁併せ呑む」 「飄々として風を遮らない」 「風は跳ね返さずに、吹き流せば風の意を知る事が出来る」という言葉を胸に 感謝の気持ちを忘れないで、自分に出来る精一杯の仕事で、 本当に美味しいと思うもの、食べていただきたいと思うものを お客様に届けていきたいと思っています。

フランス菓子という異国の文化、伝統に尊敬と敬意を持ち続けること。 自国の文化を学び続ける姿勢を持ち続けること。 世間に阿るわけではなく、伝えたいことを込めながらお菓子を作ること。 身の丈を知り、背伸びしたり大きく見せたりしないこと。 課題は盛り沢山です(汗)

名も無い自分の店を知っていただく「高さのあるもの」として 家族で薪を割り、原型は400年前まで遡る伝統的な製法でお菓子を焼き、 薪の炎で温めた窯で、フランスでももうほとんど残っていない 昔ながらの製法でパンを焼いています。 薪の確保や量産出来ないことを考えると、本当に効率はわるいですが、 今の所、これをきっかけにお店に足を運んでもらい、ほかにこんなお菓子も あるんだとリピートして下さるお客様も増えてきました。

開業時に庭に植えた大好きな欅の苗が、何十年か後に立派に育ち すっと空に向かって伸びた梢を、妻と二人で笑顔で見上げられる日が くればいいなぁと妄想しています。
先日、母と共に初めて味噌を仕込みました。 母は幼い頃、自身が手伝った思い出が蘇ってきたようで、 目がキラキラしていました。 僕もとても楽しい時間を過ごせました。 一年後が楽しみです。 しかし、安心して食べられる大豆を探すにもひと苦労ですね。 こんなに身近な食材なのに、何でも効率を求めるとこんなふうに なってしまうのかなと。 今の日本の縮図が味噌や醤油の発酵食品に如実に現れているようで 悲しくなってしまいました。
子供達が大きくなったとき、どのような世の中なのかはわかりませんが 何かに悩み、考え、学んで、他人や社会のせいにしないで、 自ら選択し、自分の脚で立つことが「生きる」ということだと 田舎の生活の中で、子供達に伝えていきたいとおもっています。

たくさん言葉を重ねても、後ろでながれる拓郎さんの「元気です」を聞くと 恥ずかしくなってしまいます(涙) お目汚し、失礼致しました。 季節の変わり目、暖かくなったかと思うと、急に冷え込む日などもございます。 私も重いカラダにむち打って仕事をしておりますが、 魚山人様もどうかお体を大切になさって下さい。

魚山人 より:

知魚楽さん。

涙が出そうですよ。胸にぐっときます。
ただ、このコメは公開してもよいのか非常に悩みました(笑)

大きく文章をカットして公開致します。
全文を載せたいのですが、それは無理です。
(おいらがたびたび書いております「ネットへの不信」が理由)
知魚楽さんにほんの僅かでも迷惑をおかけすることは出来ませんので。
※メールの全文は大切に保存させて頂きます

欅は非常に美しい肌を持つ材木になります。
ただし、「磨けば」です。

欅は巨木に成長します。
巨体を支えられる理由は単純にして明快。
「根が深く広く大地を抱え込んでいるから」

「不動」
そんなお店でありますように。心から祈っております。

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