板前仕事と豚の角煮
「味の積み重ね」それが板前の煮物です。
単純な反復に耐えれるかどうか、味の明暗はそこで分かれる。
煮方に求められる技術は色々ございます。
しかし一番重要なものは辛抱強さに他なりません。
豚の角煮を作った事がお有りでしょうか?
沖縄の方は「ラフテー」になりましょう。
角煮はどう作ってもプロが作ったものに及ばない。
そう感じる人が多いと思います。
深い鼈甲色の輝きと、箸で切れる柔らかさ。
「何か特別な料理法があるに違いない」
ですが、特別な料理法などございません。
ただひたすら「時間と手間をかけている」だけです。
板前が作る角煮の調理法
角煮は豚のバラ肉を使います。
表面を丁寧に処理し、巨大なサイコロ状にカット。
沸騰した湯に入れすぐ取り出し、その湯は捨てます。
そして「水炊き」を開始します。
火は中火。水の量は豚肉の2センチ上。
アクをマメにすくい取り、減る水の量を追い足して水量を変えない。
これを維持するために、付きっきりで鍋の前にいます。
最低でも3時間。大きなサイズだと5時間。
鍋に張り付いたままです。
竹串がまったく抵抗無しにスーッと豚肉の中心まで通れば下煮は終わり。
※カットせずに蒸し器で4~5時間蒸すやり方もあれば、沖縄ラフテーでは三枚肉の脂身表面の毛を剃刀であたり、さらにバーナー等直火で細かい毛を焼き、ブロックのまま水炊きします。そのあとカットして醤油、砂糖に泡盛、出汁で数時間の煮込み。
この下煮(水炊き)の時に皮付きの生姜スライスを放り込んでおくのは共通しております。生姜は皮ごとの丸を庖丁の平で叩き潰した物が良い感じです。
ここから本番の煮込みが始ります。
下煮の水は捨てません。
最初に「霜降り」し、アクを丁寧にすくっているのです。
豚のダシが出ている汁を捨てるのはもったいない。
醤油と氷砂糖で味をつけます。
味醂は肉を硬くするので仕上げに少々使うだけ。
ですから氷砂糖が必要なのです。
「照り」は角煮の重要なポイントですからね。
煮込みにはおおよそ2時間かけます。
煮汁は減りますが、肉の上2センチは堅持。
なので水を足します。
薄くなるので、醤油と氷砂糖も足さねばいけません。
これの繰り返しです。
何度も何度もこれを繰り返す。
朝一番に始めて、煮上るのは夜。
ですが完成ではありません。
一晩寝かせます。
翌日表面に張ったラードを除き煮返します。
3日目にやっと出来上がりってことです。
※3時間以内に作りたいって方は下の記事へ
「おからを利用する豚の角煮の作り方」
ちなみに角煮の発祥は中国杭州、「東坡肉」です。
沖縄に伝わり「ラフティー」になり、長崎卓袱料理で「東坡煮」に。
鹿児島に伝わった「とんこつ/角煮」が今ではこれらの料理の総称みたいになっており、「角煮」で通るようになっております。三者三様に調理法に微妙な違いはあるんですが、その境界も今ではぼやけたものになっています。
圧力をかけて手早く柔くする、果ては薬品を用いて手間を省く。
そうして「それらしい角煮」を作る。
それが現在の社会構造であり、現代人の姿です。
ホンモノとは程遠い姿です。
「手間」をね、「無駄」だと思っているからですよ。
「そんな時間はない」ってことでしょう。
タイムイズマネーと、うわ言を呟きながら、
実際にやっている事は何です。
時間を有効に使っていると本当に言えましょうかな。
果実ばかりを食っていても果実にはならないのです。
本を読んでもその作家にはなれない
テレビを見てもスターにはなれない
ドラマを見ても脚本家にはなれない
映画を観ても映画監督にはなれない
漫画やアニメの世界に人間は入れない
パソコンを開いても情報通にはならない
「つみ重ね」とは他人に求めるものではありません。
あくまでも自分自身が自発的にやらなきゃ意味はないのです。
手を抜かず、目を離さないから「味のある煮物」が出来ます。
そういう行為を誰かに強制しても無駄な事。
「自分でやろう」という気持ちがなきゃそんな事は出来んのですよ。
気持ちがあればこそ、「辛抱」ができるんです。
昔の日本人はそれを誰でも知っておりました。
当たり前だからです。
今は「便利」が当たり前。
精神も肉体も「煮込み時間」が足りなさ過ぎます。
もはや「反復作業」は嫌いの筆頭でしょうな。
しかし残念ですが、人間の基本構造は1万年前から同じだし、この先最低千年間変わる事はないでしょう。
「繰り返す作業」以外に知恵を付け、技術を習得する方法は無いって事です。いくら嫌いでもそれしかない。
従ってこのままのペースで「便利依存、反復嫌い」が続けばね、
「中身の無い空っぽだらけ」になるのは必須でしょうな。
ホンモノと呼べるもんは消えて無くなる。
得体の知れない「情報」とかいうモンに振り回され、浮ついて地に足が付かない姿。そこにはもう「自分の考え方」すら無い。ただひたすら「流され続けて」人生を終える。
それが自分かどうかを試すにはね、あるいは「豚の角煮」を作ってみるのもよいかも知れません。
連日連夜のコメ申し訳ネェ。
m(__)m
どうも爺記事を読むと コメしたくなるもんで…
読者の方々にも 御目汚し失礼致す。読まなきゃイイんだろが当方爺blogの中毒者なもんで堪忍m(__)m
【豚の角煮】ぉ題を見て即『糞ジジイ、俺のシコイワシを無視し続け、トミーさんのリクに答えヤガッたな!』←と思い記事を読んだ。 したら違った。後半のくだりゎさすが。
鮨の修行に入る前
当時の親方が横須賀の小さな小料理に連れてってくれてね『俺ゎ鯔に料理なんて教えられネェ、だいたい板前修行をまともにしてネェからな。ここのオヤジとゎ達だから、仕事見てけ』と…
話や質問なんて寄せ付けネェ眼光に お世辞にも和食屋とゎ言えネェ雰囲気の店とオヤジ。が 今もはっきりと記憶にあるネタケースに横たわった
黒ムツの片身と 安ッチー鍋。
その鍋の表面にゎ糠。見え隠れする三枚肉。何故糠?かゎ当然聞ける雰囲気ジャネェから 出された酒とツマミを平らげ親方を送り帰宅。そんな思い出が角煮にゎある。
先日も息子らの父兄会で知り合った方に『板前サンなんだってね?美味い角煮ってなんか秘密あんの?カミサンが作った角煮ゎ茹で豚でさぁ』←って(笑)
俺のジャンルでゎないんで適当かどうか判らないけど 角煮ゎとにかく時間ダヨ。脂が抜けて 柔らかくなるまでするにゎ家庭のカミサン料理ジャ無理かもね。って答えたばかりです。
でも俺 本格的に角煮なんて こさえたことなんてネェのよ。実際この爺記事読んでな 俺も反復を面倒臭さがるヤツらと同じじゃん!とさえ感じた。
このコメ書き出す前に気付いたんだよ…ちょっと待てよ。俺。オマエも毎日反復仕事ジャネェか?ってね!
よくよく考えてみりゃさ
おんなじ仕込みを毎日毎日飽きもせず 面倒臭さいとも思わずにやってんだよ
俺も親方も…
角煮を世話する煮方の板も煮物を『面倒臭せぇ』なんて気持ちでこさえてんなら恐らく美味くネェもんを…
反復を自発的にするヤツゎ
きっと面倒臭さに気付いてネェな 夢中でヤルか 楽しんでるか そんなもんだろよ
世間様も主婦も板前も
『誰かのために自分が存在する』ってことに気付いて欲しいな!
今日もイイ記事を ありがとう。お疲れ様でした!
Posted by 鯔次郎† at 2010年06月06日 01:41
鯔さん。
い~ハナシじゃねぇか。
なんか今日のコメ『物語』があるねぇ・・・
チラチラと「本質」っぽいモンも垣間見えたりして
やはり「鯔次郎†」って名は伊達じゃない!
(ところで、 †←これ何? アンタすでに絶滅してんの 笑)
おいらはね、昔豚肉が好きじゃなかった。
理由は「生臭いから」
どこぞで食った茹(塩)豚のせいでしょうかね。
しかしホンモノの角煮を食べてぶっ飛んだもんだ。
「こんなに美味いのか」
呆然としましたよ。
臭みが無いどころか、絶対死ぬまで食わないと思ってた脂身まで甘くて旨く感じる。
で、その味になるまで何度も作ってみた。
ラフテーも関西風みそ煮も下煮が決め手。
だが和食の角煮はね、氷砂糖が決め手だと分かった。
(もちろん水炊きは絶対欠かせないが)
氷砂糖を使うと割高になるが、美味さにはかえられない。
おいら板前になって約5年で煮方になったが、角煮と黒豆をキッチリ出来た時が一番の感動でしたよ(^^
「やっと板前になれた」
Posted by 魚山人 at 2010年06月06日 04:50
はじめまして、魚山人さま。アメリカで板前をしていますあきらといいます。自分も角煮が好きでよく作るのですが、下湯での時におからと一緒に湯がくとおからが豚の脂を吸い取ってくれると以前におしえてもらい、いつもそうやって作るのですが、魚山人さまのように水のみで下茹でしただけでも豚の脂はとれるのでしょうか?若輩ものの質問ですが、よろしくお願いします。
Posted by あきら at 2010年06月06日 17:11
はじめまして、あきらさん。
水のみで取れます。
「おから」だけではなく、ある種の野菜を入れたり、果ては『オイルスキマー』(本来は工業用化学製品で、オイルを除去する品の食品適応版)を使ってみたり、色々な方法は存在します。
しかし、むしろ水のみの方が仕上がりは良いと思います。
自分的には水と脂の分離層が、肉の旨味を丸めてくれるからであろうという感想を持ってます。
余分な事をすると、やや丸みが欠けてしまい、ジューシーさが足りなくなる気がするのです。
炭酸系、概ねコーラーですが、そんなのを入れるやり方もあります。
それなりに旨い角煮になりますが、やはり「きちんと時間をかけた水炊き」に、基本の味付け(ポイントは酒の使い方)が最も優れていると考えております。
Posted by 魚山人 at 2010年06月07日 01:20
魚山人さま、早速のお返事ありがとうございます。水だけでおいしい角煮が作れるんですね!! 今度、一回やってみます!! その際の魚山人さまがおっしゃる酒の使い方ですが、下湯でが終わったあとの味付けの段階で酒をたっぷり入れて煮ていくということでしょうか?酒はものを柔らかくする性質があるといいますので、それを利用するのでしょうか? よろしければ、アドバイスいただけると助かります。よろしくお願いします
。
Posted by あきら at 2010年06月07日 08:47
色々記事を見せて頂きまして誠に有難う御座います。この一言につきます。感謝感激しました。
Posted by 須川渡 at 2010年06月07日 13:32
あきらさん。
酒が料理にどのような効果を与えるか、それはご存知の様子。
具体的応用については御自身で発見をなさって下さい。
須川さん。
こちらこそ、御訪問頂きまして感謝致します。
Posted by 魚山人 at 2010年06月07日 18:25
魚山人さま、お返事ありがとうございます。自分で試行錯誤して魚山人さまの角煮に近づけるようにがんばってみます。これからもよろしくお願いします。
Posted by あきら at 2010年06月08日 03:19
いつも拝見させていただいています。
自分の文才のなさに何度も挫折してきましたが、今日は勇気を振り絞って初めてコメントさせていただきます。
昔に比べるといろんな事が便利になって、10人でやってた仕事も1人でこなせるような時代になったはずなのに
『忙しい現代人必見!1日2時間得する時短情報 … 番組を見れば1日2時間「自分の時間」を作れます!レッツ時短!!』
こんな言葉が、メディアを通して毎日のように流れてきます。
耳にするたびに情けない気持になり、頭の中は???だらけになってしまいます。
料理をする時に、もっと美味しく出来るコツはないかな?と検索してみてもすぐに出てくるのは、
簡単に、便利に、手間なく、、、出来ます!という記事ばかり。
どうすればより美味しくなるのか、どうすればより相手に喜んでもらえるのか、いただいた命をどうすればよりたかめられるのか、それを考えるのが食べ物を作る本質だと思うのですが、それよりも時間の方が大切なのでしょうか。
仕事帰り、22時から23時に塾帰りの小中学生の集団に出くわします。
田舎で育った私には考えられない事なのですが、職場のパートさん達に訪ねるとそれが普通だと聞きます。
自発的に本人が望むのならば良いとは思いますが、出来れば自分の子供には他の選択肢も与えてあげられる環境にいたいと考えています。
自分は、幼い頃に叔父に教えてもらった自然薯の蔓の見分け方や、白菜のもぎ方などが今では宝物になっています。
『子供の頃の5分間の体験は、大人の一年分の体験に勝る』と言った人もいました。
相手を見ない、物を見ない、考えない、、、、こんな事を自分たちで選んでしまったのでしょうか?
不便な時代のほうが、心も身体も豊かだったように思えてしまいます。
私は「雇われてお店を管理する立場」と、「物作りを突き詰めたい自分」の二律背反の思いに右往左往しています。
本当に大切なのはお客様の満足と自分自身に言い聞かせながら、自分の拠って立つ所は何処なのか、日々探し続けています。
今日は休みなので、豚バラ皮付きを1キロ仕入れてきて東坡肉を作っています。
以前からチャレンジしてみたいなぁとは思っていたのですが、
以前の記事(『簡単、便利、手早く!』の代償)や
今回の記事の魚山人さんの言葉に背中を押されてやってみる気になりました。
きっかけを作って下さって、ありがとうございます。
行程を確認し、バラ肉の毛をバーナーで焼切りながら『当たり前を積み重ねると特別になる』という師匠の言葉をおもいだしました。
当たり前の事を当たり前にやるのが一番難しいと、毎日叱咤していただいた20代前半を思い出しました。
初めてなので上手くいくか分かりませんが、笑顔で喜んで食べてくれている家族の顔を思い浮かべながら鍋に向かっています。
Posted by 知魚楽 at 2010年06月21日 17:49
知魚楽さん、コメントありがとうございます。
「人として本末転倒になっていないか」
その疑問と日々向き合うのが今の我々の姿だと思います。
角煮というのは「調理技術の極み」です。
生肉でも厭わず喰うのが動物。
火を使えぬ以上そうせざるを得ない
角煮はその対極だと考えてよいでしょう。
現代人は便利と引き換えにね、
原始に向かって逆行しているのではないか。
おいらにはその思いがあるんです。
数万年かけて積み上げてきたもの、
それを破棄して我々は無能になろうとしてるのかも知れません。
なにはともあれ、
あなたのご家族の笑顔を想像し、
こちらも幸せな気分になれました。
ありがとうございます。
Posted by 魚山人 at 2010年06月22日 06:47